9FIELDPLUS 2021 01 no.25め、複雑な全貌を明らかにしていく作業は、パズルを解くようで実に楽しい。 アムド・チベット牧畜民の乳文化について興味のある方は、「チベット牧畜文化ポータル」(https://nomadic.aa-ken.jp/)を参照頂きたい。より詳しい乳加工体系の紹介、搾乳の仕方、乳利用について言及している。乳文化から観るアムド・チベット牧畜民の位置 生乳を先ず発酵乳にし、発酵乳から乳脂肪や乳タンパク質を分離する乳加工技術は西アジアに起源したと考えられている。西アジアとアムド・チベットの乳文化は極めて類似している。チベットの牧畜が周辺からの影響を受けて成立したとするなら、それはまさに西アジアの影響を受けていると乳文化の視点から言及できる(図1)。 バター加工器をチャーンという。チャーンにも地域特性がある。アムド・チベットでは、攪拌桶・攪拌棒とヒツジの革袋がチャーンとして用いられてきた。攪拌桶・攪拌棒は中央アジアや北アジア(特に内モンゴル)、革袋は西アジアで利用されている。アムド・チベットで利用されるチャーを用いて、地面の上で転がして加工していたともいわれている。静置による自然発酵を促さず、生乳に発酵乳を添加することにより酸性度を高め、直ぐにバター加工をおこなってもいた。 バターは、水で2回程度洗ってバターミルク(発酵乳もしくはクリームを攪拌してバターを製造する際に生じる液体)などを取り除き、冷たい水に30分ほど浸して冷却する(写真3)。 バターから水分を十分に取り、成形して木箱などに入れておき、日常の食事に用いる。バターを長期保存する場合には、ヒツジの革袋にぎっしりと詰め込み、テント内の日陰に置いて保存する(写真4)。革袋を用いれば、10年でも保存が可能であるという。 バターを収集した後に残ったバターミルクは、健康に良いとの理由で、そのまま飲用されている。また、バターミルクからは非熟成チーズも加工される。チーズへの加工は、バターミルクをそのまま加熱沸騰して凝固させる。凝乳を布袋に注ぎ、一晩吊るしてホエイ(乳清)を排出させる。布袋の中からチーズを取り出し、手でチーズの塊を細かく砕きながら、ビニールシートや布などの上に広げる(写真5)。そのまま天日で数日間乾燥させればチーズができあがる。この非熟成チーズをチュラと呼ぶ。チュラは袋に入れて涼しい所に置いておくだけで、数年の保存が可能となる。このように、乳製品は次の乳製品へと加工されていることが理解される。牧畜民の乳加工技術は体系をなしている。 アムド・チベット牧畜民の乳加工の特徴は、発酵乳を用いてバターやチーズを加工していること、乳脂肪の分離の最終生産物がバターで終わっていること、バター加工に木桶や革袋が利用されていることにある。乳文化研究は、乳加工技術や乳製品利用を注意深く観察し、体系的に詳細に記述することから始まる。その工程を一つ一つ確かンは、北方乳文化圏(中央アジア・北アジア)と南方乳文化圏(西アジア)の両方から重層的に影響を受けていることが推察される。物質文化は、それぞれの由来を形態で追うことができる。 そして、アムド・チベットでは生乳からの乳脂肪の分離がバターで終わっている。西アジアなどの低地の暑熱地域であると、水分含量が20%ほどあるバターでは保存がきかず、直ぐに腐敗してしまう。そのため、バターを加熱して脂肪含有率が99%以上のバターオイルに必ず精製し、常温での長期保存を可能にしている。チベット高原は冷涼なため、バターオイルにわざわざ加工しなくとも、バターのままで長期保存が可能となるのである。アムド・チベット牧畜民の乳加工は、まさにチベット高原の自然環境の特徴を代弁している。 アムド・チベット牧畜民の乳加工の特徴は、基本的には南方乳文化圏からの影響を土台にし、北方乳文化圏からの乳加工技術が重層し、高地の冷涼な環境に適応した形態に発展しているとまとめることができる。このように、生業の土台となる乳文化の要素から、牧畜の発達史解明に寄与することができる。 写真2 バターを加工する道具。撹拌桶と撹拌棒。写真3 できたてのバター。水洗してから保存する。写真5 保存のために非熟成チーズを天日乾燥させる。写真4 バターがぎっしりと詰められたヒツジの革袋。
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