FIELD PLUS No.24
36/36

フィールドワーカーのマレーシアクアラルンプールコタ・バルクアラ・トレンガヌタマン・ヌガラ国立公園調査村売店トレンガヌ州クランタン州パハン州訪れると、彼女に会える。 売店といっても、ここではコーヒーや紅茶を飲むことができ、昼食時には彼女の料理を求めてプランテーション労働者が集まる。店の利用者はマレー系をはじめ、インドネシアやバングラデシュからの外国人労働者、そしてマレーシア半島部の先住民オラン・アスリも含まれる。買い物にはクランタン方言のマレー語が使われるが、ビニルクロスの掛かったテーブルでくつろぐ人びとの間では異なる言語が飛び交い、高い位置に備え付けられたテレビでは英語の自然番組が流れる。 マレーシア半島部の地方では、こうしたプランテーション村を多く目にする。村の人口の大半を外国人労働者が占め、タイと国境を接する地域には「シャム」とよばれるタイ系の住民も暮らす。店主の彼女もその一人だ。そのような「多国籍・多民族」村の売店にオラン・アスリがやって来る。 1957年にイギリスより独立したマレーシア半島部は、ゴム、アブラヤシといった商品作物の輸出による外貨獲得によって、経済発展を目指した。半島部のアブラヤシ農地の面積は未だ拡大しており、2016年時点で土地の20%を占める。開発の多くは森林を拓いて行われたが、そうした森に強く依存した生活を送っていたのがオラン・アスリだ。私はオラン・アスリのなかでも、狩猟採集を中心とした暮らしを営む人びとの調査を続けてきた。川に沿って移動する生活を送っていた彼らは、下流からの開発の進行とともに上流部に移動してきた。そして現在は、プランテーションに囲まれた「タマン・ヌガラ国立公園」近くの村を生活の拠点とする。 徒歩や筏で移動できる森は縮小したが、バイクを利用するようになった現在、プランテーションを結ぶ道路は彼らの生活道となった。2020年の今、村からバイクで20分程の売店は、彼らの買い出し場所であると同時に、お茶を楽しみながらスマートフォンを充電できる場所だ。村に電気が通っていないことを知る彼女は、飲食や買い物をせずに充電する人も大目にみてくれる。世間では民族対立や外国人労働者問題が話題になることもあるが、ここには、民族や国籍を異にしながらも今を生きる人びとが、同じ空間に存在する。 彼女の店でオラン・アスリの彼らが購入するのは、米、砂糖、紅茶などの食料や、葉タバコ、洗剤や電池といった日用品だ。私も村に入る前には必ず彼女の店に寄ってそれらを手に入れる。マレーシアでは「日本から来た人」として私に接する人も多くいるが、彼女と日本やマレーシアについて言葉を交わすことはなく、当たり前のように今年の果実の実り具合や雨の少なさについて話をする。代金を払って米や砂糖を後部座席に詰め込み、子どもたちにあげる菓子を助手席に置いて、エンジンをかける。あつくなった車のなか、一息ついてからハンドルを握り、発車する。通い慣れたプランテーション内の道はグネグネと蛇行し、上り下りが続く。数年前の洪水で陥没した地点も過ぎて村まであと数百メートル。最後の坂を登りきると正面に皆の家がみえてくる。みんな元気でいるだろうか。  「アヤー、いつ来たの」 「いま着いたところだよ」 私がそう答えると、彼女は頷いて店の奥の流しで作業を続けた。マレーシア半島部クランタン州にあるアブラヤシ・プランテーション村、トタン屋根の小さな売店を夕方の売店。買って食べる初めてのリンゴ(オラン・アスリの子どもたち)。並ぶ野菜は売物にも彼女の料理の材料にもなる。2020 07 no. 24[発行]東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所〒183-8534  東京都府中市朝日町3-11-1 電話042-330-5600 FAX 042-330-5610定価 : 本体476円+税[発売]東京外国語大学出版会電話042-330-5559 FAX 042-330-5199FieldPLUSフィールドプラス河合 文かわい あや / AA研さまざまな人が集まるプランテーション村の売店*写真はすべて筆者撮影。

元のページ  ../index.html#36

このブックを見る