25FIELDPLUS 2020 07 no.24し、元々嘆きの壁の前面に広がっていたパレスチナ人の居住地を壊して広場に変えた。神殿の丘上部はイスラーム地区に位置し、アルアクサ・モスクや岩のドームといったイスラームの聖地がある。この丘上部はイスラームの聖地ではあるが実質的にはイスラエル政府が管理下に置いているため、両者の衝突が頻発する舞台でもある。正統派ユダヤ教と女性 以上のように多様な意味づけを帯びた嘆きの壁が、月に一度早朝の時間帯に、祈りをめぐって喧噪に包まれ、時に暴力や逮捕沙汰にも発展することはほとんど知られていないのではないだろうか。喧噪の中心にいるのは、「嘆きの壁の女性たち(Women of the Wall、以下略称としてWoW)」に属する数十人の女性たちである。嘆きの壁は、向かって左側の三分の二が男性パート、残りが女性パートとして分け隔てられ、間には2メートル程の高さのある仕切りが互いの行き来と視線を阻む。彼女らは月に一度、「ロシュ・ホデシュ(「月の頭」を意味するヘブライ語)」と呼ばれる新月の日に、女性の手による/のための祈りの会を開いている。 ユダヤ教は大まかに、正統派・保守派・改革派に分けられる。戒律を遵守する正統派のシナゴーグ(教会堂)では、男女は物理的に隔てられ、女性は建物の2階部分か後部に座ることになっている。祈りの先導やトーラー(モーセ五書の巻物)の朗唱も許されておらず、こと宗教界においては女性の地位が際立って低い(ただし、これは正統派のみについて言えることであり、男女平等意識が日本よりよほど進んでいるイスラエル社会全般についてはそうではない)。ユダヤ教における男女不平等を変革した改革派では女性ラビ(聖職者)も認め、また中道をゆく保守派でも、多くのシナゴーグで女性ラビを認める。しかしながら、改革派と保守派は米国を拠点としており、イスラエルでは徐々に賛同者を増やしているとはいえ決定的な影響力を持つには至っていない。嘆きの壁は、正統派ユダヤ教の考え方に基づく宗教省の管轄下にあり、重要な決定は所轄する正統派ラビが下している。 WoWは、ヘブライ語の単語で“4つのT”を用い、女性の主体的な祈りを主張する。“4つのT”とは、テフィラー(祈り)、タリット(祈祷用ショール)、テフィリン(祈祷用聖句箱)、そしてトーラー。正統派のユダヤ教においては男性のみが担い、また身に着けるものとされてきたものである。ある新月の集い 2019年8月のある日、朝7時に筆者が嘆きの壁に到着すると、20人弱のWoWの一群はすぐに見て取れた。3、4人のリーダー格の女性がおり、それぞれ聖句箱やショールを身に着けて祈りを先導している。グループが独自に編纂した祈祷書を手に祈る参加者たちの周りを、黄色いベストを着た女性ガードマンたちが取り囲む。その周囲を取り巻くのは、祈りに反対する言葉や、「シーッ」という音を発して祈りを妨害しようとする正統派の女性たちである。グループ本体よりも人数が多い。とはいえ、それ以外のほとんどの女性は関係なしに自分たちの祈りを続けているのも印象的だ。 では男性たちはどのように反応しているだろうか。仕切りの反対側からは、女性側に向けられた大型スピーカーが祈りの声をがなり立てているが、これは新月の集いの折だけに置かれるものだという。さらに女性パートの背後を仕切る衝立の向こうからは、約80人の正統派の男性たちが、妨害のために大声を出したり口笛を鳴らしたりする。物理的ではないとはいえ大変暴力的な雰囲気の中で、WoWの女性たちも対抗するように大きな声で祈らざるを得ない。挑発には直接応えることなく、祈りが終わった後は、2列に並んだセキュリティ要員の間を歩き妨害を避けるようにして出口へ直行した。出口付近では、ガラス越しに聖句箱やショールを片付ける女性たちと対峙し挑発する正統派男性の姿も見られた。彼女たちはその後、用意されたミニバンに乗り込んで解散場所へ移動した。新月の集いでの礼拝の様子祈祷書を読み上げる先導者の女性を取り囲んで礼拝は進む。その周囲を警備員が輪になって囲む。祈祷用ショールの着け方を女性に教える元来男性のみが身に着けるものとされた祈祷用品を女性にも勧めるため、エルサレムやテルアビブの街角でスタンドを設けるのも活動の一環。Women of the Wallホームページより(https://www.womenofthewall.org.il/photos/)。
元のページ ../index.html#27