21FIELDPLUS 2020 07 no.24分析、記述します。沖永良部島も含めて、琉球諸語は話者が60代以上で、今なにもしなければ消滅してしまう「危機言語」と言われています。しかし、沖永良部語の先行研究は、音の体系や格助詞など、言語の一部についてのみを扱ったものがあるだけでした。「いま記録しなければ、言語全体の仕組みが分かる前に言葉が消えてしまう」 そんな先輩方の言葉に感化され、文法記述研究を始めました。地味で地道な文法記述研究 文法記述研究で初めにすることは、音の体系を理解することです。そのために、まずは語彙調査をします。私も1500語の調査をするところから始めました。日本語に似ていて、比較的音の構造が単純な言語とはいえ、沖永良部語には[ ʔ ](「っ」と喉を詰めるような音)や[ji](ヤ行のイ段の音)のような日本語にない音があり、初めはなかなか区別が出来ません。なんとか音の体系が分かってきたら、語の活用の調査をします。沖永良部語はとくに動詞の変化が複雑で、語尾の種類が多く、「語幹」という語の不変化部分も後に続く語尾によって変化します。語幹の変化には幾つパターンがあるのか? 接辞がいくつも重なったらどういう音の変化が起こるのか…?仕組みが分かるまでは数百の語形を1つ1つ聞いていくしかありません。しかし、この動詞の活用が沖永良部語の肝だったようで、動詞の活用を理解した途端、自分でも方言の文が作れるようになったことを覚えています。さて、調査は続きます。方言の「てにをは」は…? 疑問文を作るときはどうするのだろう…? こうした謎を解く手掛かりとなる例文を、1つ1つ質問によって引き出していくのです。そして忘れてはいけないのは「自然に話している談話」の分析です。質問調査ではなく自由に話した会話には、共通語からの翻訳では出て来ない方言独特の言い回しが詰まっています。また、質問調査では分からない「頻度」の問題なども検討することが出来ます。辛いのは、自然談話の書き起こしは大体1分につき1時間くらいかかるということ。研究の途中、留学した1年半や、出産で島に行けない1年は、話者の方と週に1回Skypeを通じて調査を続け、5年をかけて沖永良部語の文法体系全体を記述した博士論文が完成しました。言語再活性化の取り組み このように言語調査を続けていると、その言葉がどんなに面白い現象に溢れているか、いかに価値ある言語なのか、ということが身に染みて分かってきます。しかし、記録を超えて「継承・再活性化」の活動に舵を切るには戸惑いがありました。それは地域の人が決めることであって、研究者が口を挟むことではないと思ったからです。アプローチが変わったのは、文化人類学の授業で「態度を表明しないことは、それ自体が無言のメッセージになりうる」ということを学んだ時でした。専門家の一人として、沖永良部島の言葉が危機言語の1つであること、言語の再活性化は不可能ではないこと、再活性化するために他地域で取り組まれている方法など、知っている限りのことを地域の方々に伝えるべきではないか? そう思い、島の講演会などで危機言語の話をするようになりました。すると、共感し行動に移してくれる人が出てきました。ある方は、講演で紹介したハワイの言語復興の取り組みを学童保育に導入し、自作の物語を集落の言葉に翻訳して下さいました。また別の方は、集落で子供向けに定期的な方言教室を開き、私が行けない月は地域の方が代わりに講師を務めて左 墓正月の様子。(撮影:筆者)上 美しい日の入り。 (撮影:筆者)右下 道端に咲く「みんじんくさ(ルリハコベ)」の花。(撮影:筆者)調査中。自然談話は噂話が沢山出てくる(内緒話はあとでカット)。(撮影:川上忠志)夕涼みするアジター(お婆ちゃんたち)。今が調査のチャンス。(撮影:筆者)
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