FIELD PLUS No.24
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19FIELDPLUS 2020 07 no.24上で述べた明確な役割分担とともに、この洞察力と瞬時の行動力が要求される点に私はすっかり引き込まれてしまったのである。『インビクタス』と『遠い夜明け』 南アでラグビーと言えば、映画『インビクタス――負けざる者たち』(クリント・イーストウッド監督、2009年)を思い出すかも知れない。この映画は、1995年のラグビーワールドカップ南ア大会で開催国である南アが初優勝した時のことを描いた作品である。ラグビー関係者は、この大会での南アの活躍が忠実に描かれているので、その点を評価するかも知れないが、アフリカ関係者でこの映画を観た者は、「やっぱりネルソン・マンデラは偉大な人だ」と思うに違いない。黒人として南ア初の大統領となったマンデラが、「なぜこの時に南アでラグビーワールドカップを開催しようと思ったか」ということが非常にわかりやすく描かれており、「ラグビーを用いて国を一つにまとめたい」という彼の強い意志が伝わる。大多数の黒人が「アフリカーナー(オランダ系白人。かつてはボーア人とも呼ばれた)を中心とする白人のスポーツ」として嫌っていたラグビーの世界大会を敢えて開催し、しかもこの大会で南アチームが優勝したことは、まさに、アパルトヘイトを終わらせて「虹の国」を目指した彼の夢への第一歩だったと言える。 実は『インビクタス』よりも前に映画『遠い夜明け』(リチャード・アッテンボロー監督、1987年)でもラグビーは描かれている。私が大学2年の時に封切られたこの映画は、前評判では「サウンド・オブ・ミュージックを彷彿とさせる脱出劇」などと言われていて、主人公の一人であるドナルド・ウッズが南アからイギリスに亡命する点が強調されていた。でも、私自身はそんな冒険活劇的な感想は一切抱かなかった。自分が生きている同じ時代に、こんなことをやっている国がまだあるのか…人を人とも思わないその行動を、南アの差別主義者たちは誰も顧みないのか…言葉に表現し難い感情を抱えて映画館を後にしたことは、一生忘れられない。 その時はあまり気に留めていなかったが、もう一人の主人公である前述のスティーブ・ビコが仲間たちとラグビーをやっているシーンが出てくる。ビコがボールを持っていない敵選手の足を引っ張るという反則プレーをして、見ていたウッズに「汚いプレーだ」と言われたのに対し、ビコが「カトリックの司祭に教わったからだよ」と返す。軽口をたたき合うただそれだけのシーンではあるが、『インビクタス』で全人種の融和を目指すツールの一つとしてラグビーが用いられたことを思うと、隔世の感がある。アパルトヘイト政策でがんじがらめになっていた時の南アでは、ビコの口からもこのように白人を揶揄する言葉が出て当然だったのである。真のONE TEAMとは そして、2019年の南ア代表チームを見てみると、さらに隔世の感が強くなる。1995年の代表チームの黒人選手は故チェスター・ウィリアム氏ただ一人だった。だが、今は代表選手の半数を黒人にすることが決まっており、キャプテンは黒人初のシヤ・コリシ選手だった。コリシはポート・エリザベス郊外のタウンシップ生まれであり、子どもの頃はとても貧しかったという。その逆境を跳ね返して大活躍した彼の言動は、ラグビー界だけではなく様々な人が注目した。代表チームの半数を黒人選手にすることに対しての「変革するならタウンシップからだ」という彼のコメントは、大きな反響を呼んだ。 コリシのキャプテンシーと個々のスキルの高さが相まって南アチームは優勝した。そのことは本当に素晴らしい。でも、おそらくマンデラが目指した「虹の国」に到達するまでにはまだ多くの時間がかかるだろう。コリシが指摘するように、国内には変革が必要な案件が山積しているからである。そして、翻って日本のことも考えねばならない。日本代表チームを「ONE TEAM」と呼んだが、日本自身が本当の意味で一つではない。人種や性別や出自によって差別される人が山ほどいるからである。たまたま活躍したラグビーのチームに感動しただけで終わってはいけないと思う今日この頃である。 試合後のスナップショット。右から娘、息子、筆者です。家族全員で南アのユニフォームデザインのTシャツを着て応援しました。帰路、南ア出身で神戸在住のご家族に声をかけられ、「こんな素敵な家族の写真を絶対に撮らせて!」と言われて一緒に写真を撮るというおまけつきでした。正式なユニフォームのレプリカではありませんが、デザインはほぼ同じです。右袖には、優勝したチームだけこの優勝カップマークが入れられるのですが、南アは1995年と2007年に優勝し、そして2019年も優勝。なんと、12年ごとに優勝しています!前半35分過ぎのプレー。カナダボールでのラインアウトでしたが、結局この後も南アにトライを許してしまいました。他にも同様のシーンが多々あり、自陣深くからでもトライを取りに行けてしまうあたり、力の差を感じました。ノーサイド後。2019ワールドカップで話題になった「お辞儀」。この試合後も南アとカナダの選手が入り混じって整列し、観客に向かって深々と頭を下げてくれていました。とても清々しい光景でした。

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