18FIELDPLUS 2020 07 no.24ることはないか」と強く思った。特に、大学1年でスティーブ・ビコという人物を知ったのは、私のその後の人生にとってとても大きなことだった。彼が主導した「黒人意識運動」は、人種差別のみならず、他のあらゆる差別を考える上でも非常に重要となる論理を私たちに与えてくれる。もし彼を知らなければ、『俺は書きたいことを書く――黒人意識運動の思想』(ビコ、峯ほか訳、現代企画室、1997年)をぜひ読んでもらいたい。 ラグビーについては、家庭内で様々なスポーツのテレビ中継を見るのが日常で、おそらく幼稚園児の頃から試合を見ていた。その頃は試合中にタックルなどで倒れる選手が出ると、やかんに入った水を持って行って、倒れている選手に飲ませたり上からかけたりしていた。そうすると大きな選手がむっくり起き上がるのを見て、「あれは不思議な水だ!」と思ったものだった。 でも、何と言っても私がラグビー好きになった最大のきっかけは、故平尾誠二氏のプレーを見たことであった。極めて個人的なことを書くとすれば、小学校高学年から私が唯一ファンだと公言する存在である。私自身は高校3年まで陸上競技の走幅跳今回の「フィールド」 最初に断っておくが、私は南アフリカ共和国(以下、南ア)を専門に研究しているわけでもないし、選手やマネージャーとしてラグビーに関わってもいない。一言で言えば、ただの「ラグビー好き」である。全く学術的でない話だとしても、南アの専門家、ラグビーの専門家の方々には目をつぶってもらいたい。また、私はアフリカ地域研究者の端くれではあるが、これまでに一度も南アの地を踏んだことがない。だから、「フィールドで見つけました」とは言っても、あくまでも「ラグビーをやっているグラウンド」が今回のフィールドだと理解していただきたい。南アとラグビーと私 スワヒリ語とアフリカ地域研究を学ぶために大学に入学した1980年代、南アではアパルトヘイトで黒人たちが非人道的な差別を受けて苦しんでいた。非常事態宣言が出ているのに国際社会、特にアメリカ合衆国がアパルトヘイト政策を終わらせるための努力を怠っていた。アフリカ地域研究を学び始めたばかりではあったが、「自分にも何かできと短距離の選手だった。球技もそれなりに得意だったし、どのスポーツも観戦するのは好きだったが、自分が陸上競技以外のスポーツで理屈抜きに興奮することはなかった。ただ、ラグビーを除いては。なぜラグビーに魅かれたのか ラグビーは15人で行う競技であるが、これほどポジションの役割が明確なスポーツはないだろう。ラグビー経験者である我が夫に言わせれば、スクラムを組む際に第一列の両端に位置する「プロップ」として一流のプレーができるようになるには相当の時間を要し、いわゆる「職人芸」の域に達しないと各国代表にはなれないらしい。 また、この競技は非常にクレバーでなければできない。向かってくる相手チームの動きもさることながら、自チームの他選手との連携、特にパス回しをどのようにしてどの方向に攻めていくのかということを、一瞬で考えて動かなければならない。前半27分くらいのプレー。カナダはディフェンスラインがきれいにできていますが、南アはそのラインを軽々と突破してしまいました。前半は45-0で折り返し。スタジアムの雰囲気は、「なんとかカナダに一矢報いて欲しい」という感じになりました。観戦用に購入したワールドカップのトートバッグとマフラータオル。南ア対カナダ戦当日は、家族4人でマフラータオルを巻いて応援しました!2019年10月8日にノエビアスタジアム神戸で行われた南ア対カナダ戦を家族4人で観に行きました。その時のチケットと、記念に購入したキーホルダーです。スポーツ竹村景子 たけむら けいこ / 大阪大学、AA研共同研究員* 写真はすべて、ラグビーワールドカップ日本大会の南ア対カナダの試合、およびそれにかかわるグッズなどを筆者と家族が撮影したものです。2019年のラグビーワールドカップ日本大会は、南アフリカ共和国チームの優勝で幕を閉じた。2019年の流行語大賞にもなった「ONE TEAM」が、25年前、国そのものを一つにまとめようとしたマンデラを思い出させた。ONE TEAMを目指して南アフリカ共和国の挑戦南アフリカプレトリア
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