17FIELDPLUS 2020 07 no.24があり、木製の床材が敷かれている。リングの外側には、石材タイルが貼られた床の上に絨毯が敷かれ、トレーニング器具が並べられている。壁にはこのズールハーネの昔のメンバーが上半身裸で写った写真や、集合写真が飾られている。 道場の一角には小さなやぐらが設置されている。そこでは2人の男性が平たい太鼓を叩き、リズムを取りながら詩を唄う。いわばライブ音楽の流れる中で運動が行われるのだ。唄われる詩は、フェルドウスィーやハーフェズなどイランを代表する詩人の作品である。かつては、戦士たちにこのようなやり方で、道徳規範や宗教の教義を口承で教えていたのである。どのようなトレーニングなのか 私が訪れたズールハーネでは、5歳くらいの子供から、80歳の男性まで参加していた。最初に行われたのは、ミールと呼ばれるこん棒の形をした器具を使ったトレーニングである。リングの中に10人ほどが1人を囲うように、それぞれミールを持って立つ。リングに入りきれない人は外側の絨毯の上で同じように立っている。両手にミールの重い部分を上にして縦に持つのが基本ポジションである。そして、そのポジションから腕を持ち上げて、そのままミールの先端が床面を向くように背中の後ろに降ろし、すぐさま肩を回して元の位置に戻す。この動作を片側ずつ交互に繰り返していく。ミールを扱うには単に筋力だけではなく、慣性を使いながらバランスをとるテクニックが必要となる。 その後、その場で足踏みを行ったり、足を広げた状態で腕立て伏せを行ったり、しゃがんで立ち上がる動作を繰り返すスクワットなど、全身を鍛えるエクササイズが、太鼓の音に合わせて行われる。それぞれ40秒から1分くらいだろうか。自重を利用したエクササイズであるため怪我のリスクは低く、集団でともに励まし合いながらできるのがよい。 最後に行われたのは、1人がリングの中心で一定時間、回転し続けるという動作だ。両手を広げながら軽快なステップで回転していく。この動作はスーフィーの修行に似ている。スーフィーというのは、イスラーム社会において神との合一を目指して修行に励む人々である。スーフィーは回転運動によってもたらされる陶酔状態において自己の意識を解体し、神や世界と一体化しようとする。一方、ズールハーネでの回転運動はあくまでも自己を保ち続けることを重視しているように見えた。それは、目が回るような運動をしてもなお自我を保つことができる強さを示しているかのようであった。また、1人が回転している間、他のメンバーは彼を取り囲み、リングの端にぶつかることのないよう気を配っている場面も見られた。ズールハーネの起源と「伝統」の再発見 伝統スポーツと聞くと、過去から同じように続けられてきたと思われるかもしれない。しかし、その形は時代とともに移り変わってきている。ズールハーネの中で行われている動作の中には、イランの地に古代より存在したレスリングの伝統や、戦士のためのトレーニング、イスラーム化以前の神秘主義的なミトラ教の儀礼の影響を見出すことができる。ズールハーネが今のような形になったのは、サファヴィー朝時代(1501-1736)だとされる。イランの人々の多くがシーア派に改宗したのがこの時期であった。ズールハーネは、シーア派における初代イマームであるアリーを男の理想と見なす「ジャヴァーン・マルディー(侠気)」の精神を涵養する場所ともなった。 20世紀初頭に西洋から近代スポーツやトレーニング方法がイランに入ってくるようになると、ズールハーネは存続の危機にさらされる。ズールハーネ式運動を筋力トレーニングとして見た場合、ウェイトトレーニングに比べて効率が悪いことが批判されるようになった。さらに当時、ズールハーネのメンバー達は、街のギャングのような存在でもあり疎まれてもいた。そのため、ズールハーネは知的階層の人々から時代遅れの遺物として見られるようになったのである。 しかし、その一方でパフラヴィー朝時代(1925-1979)には、ナショナリズムが高揚し、古代ペルシャ文化への関心が高まった。するとズールハーネはイラン古来の伝統的なスポーツの場として注目されるようになっていった。1979年のイラン革命以後は、ズールハーネのイスラーム的な側面が強調されるようになった。今ではズールハーネは観光資源にもなっている。 現在ズールハーネ式運動は主流のスポーツではない。筋肉を鍛えるという目的だけであればジムに通う人の数の方が圧倒的に多いだろう。観光客のためのパフォーマンスとして行われることもある。それでも、ズールハーネは地域に密着しながら、世代を超えて人々に受け継がれている。身体を鍛えるだけではなく、メンバー同士で助けあうという精神も涵養し、またさまざまな世代の男たちの社交場として機能しているのである。 小さな男の子が回転運動をするのを見守る男たち。(2015年、Sara Masry撮影)ヤズドのズールハーネ。多くの観光客が訪れる。(2015年、高野聡子撮影)タジキスタンの首都ドゥシャンベにあるズールハーネ。(2016年、筆者撮影)ズールハーネ・ヴァナックの建物の入り口。(2015年、Sara Masry撮影)
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