FIELD PLUS No.24
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11FIELDPLUS 2020 07 no.24にすることはありえないというのもまたないわけです。街中の「変体仮名」の正体は?̶̶仮名? 漢字? しかし、じゃあ変体仮名はなくなっていないのですね……ともならないのです。すこし立ちどまって考えてみると、これらの文字はたしかに変体仮名であったわけですが、私たちはそれらを変体仮名として使っているのでしょうか? 言い換えれば、それらの文字を、仮名として、私たちは使っているのでしょうか(かりに「変体仮名」と括弧でくくっておきましょう)。その答えは、もちろん個々の例ごとに異なるものですから、いちがいにこうだとは言えませんが、筆者の私としては、そうではないものが多い̶̶もしすべてではないとしても̶̶と考えています。ちょっとややこしい話ですが、すこしお付き合いください。変体仮名が平仮名であって漢字でないのは、歴史的にはそのとおりなのですが、いまは廃止された文字なので、昔の文字を勉街中の気になる文字 普段筆者は日本語の昔の平仮名を調べていますが、街中でそんな文字に出くわすとついつい見てしまいます。普段調べているのは、変体仮名と呼ばれる、いまは使われなくなった異体字の平仮名たちです。平仮名にはかつていろいろなかたちがあって、いまはそれをすっかり整理してしまったということは、かつて本誌で触れたことがあります(拙稿「ひらがなを数えなおす」『フィールドプラス』16号)。とはいえ、それで変体仮名が世の中で使われなくなったというのもまた違います。書道作品とかいう芸術作品は別格としても、よく言われるのは、鰻屋さん、蕎麦屋さんの看板や暖の簾れんに出てくるではないかというものです(写真1の「そば」)。たしかに、お店の名前や人の名前、あるいは「生そば」や「うなぎ」といった決まりきった表現などには、変体仮名がいまでも使われていることがあります(写真2)。もちろん、ふらふらと街の通りを一本歩いて当然あるものではないわけなのですが、街中を歩いていていっさい目強した人でなければ、ぱっと見て仮名だと思うことはほとんどないでしょう。それとは別の問題として、変体仮名はパソコンではかんたんに使うことができないという問題があるので、変体仮名だと分かっていても、だれでもその通りに打ち込めるわけではありません。このような状況で、変体仮名で表記されたお店や品物の名前をインターネットで紹介するとしたら、どうするでしょうか? 一つは、平仮名なので、いま使っている平仮名で代用するという方法。もう一つは、変体仮名のもととなった漢字で代用する方法。前者は、変体仮名が平仮名だと分かっていなければできませんし、読者を躊躇わせる恐れがあります。「うなぎ」のような平仮名を想起させやすい字形の変体仮名ならともかく(インターネット上では、「うふぎ」と読み間違える例もあるようですが……)、「楚」が「そ」と通じ、「者」が「は」と通じるということはすんなり分かることとは言いかねるでしょう。後者は、変体仮名を含めた平仮名がひとしく漢字から変形してできた文字であることを踏まえれば、一見筋がよいように思えます。その文字がどんな漢字をくずしたのか分かって、納得もできる。しかしながら、変体仮名にとってもととなった漢字がなんであろうととくに意味はないので、漢字が分かってお得なことがなんなのか、考え出すとよく分からなくなります。半分仮名、半分漢字の文字の未来 写真2で示した商品の変体仮名は、これらの例を考えるうえで実に興味深い例を示してくれています。左側の「きびだんご」は、メーカーの商品ページでは「きびだんご」と現代の平仮名になっており、右側の「上しんこ」では、「上志ん粉」と部分的に漢字に戻しています(図1)。漢字にしてでも違いを表現したかったとも解釈できますし、漢字にして納得してしまったからとも考えられます(なぜ「粉」は漢字?)。漢字で納得の最大の例としては、食パン専門店の「乃が美」というお店で、お店の名前の意味を「乃」と「美」という変体仮名のもととなった漢字から説明してしまっているものです(図2)。ここまで来ると、平仮名としてはまったく用いられていないということが分かります。このように漢字の「意味」で固有名詞が説明されてしまうというのは、人名でもよくあることです。変体仮名は、平仮名を追い出されて漢字の意味を読み込める特別な形として今までとは違った形でこれからもほそぼそと使われていくのでしょう。 君は仮名 ? 漢字 ?街中の「変体仮名」「う奈ぎ」、「志ち屋」、「生楚者゛」……。街中には平仮名に交じって漢字のような平仮名のような文字が現れます。ここでは、それらが仮名なのか漢字なのか決めつけず、街中というフィールドでのありさまを観察してみましょう。岡田一祐 おかだ かずひろ / 北海学園大学、AA研共同研究員写真1(左) 蕎麦屋の看板(撮影地:千葉県船橋市)。「き(生)そば」という内容を「き楚者゛」と置き換えられる文字で表現している。写真2(右) 「谷田の日本一きびだんご」と「上志ん粉」(撮影地:北海道札幌市)。パッケージ上ではそれぞれ「きびだんご(<古)」、「上し(<志)んこ」と変体仮名を使用している。図1 「上志ん粉」メーカーの商品ページにおける「上志ん粉」表記。このメーカーの通販サイトでは、「上新粉」とも表記している。https://www.kinako.co.jp/commodity.php?categorycd=2図2 食パン専門店「乃が美」公式サイト。http://nogaminopan.com/about/*写真はすべて筆者撮影。ためら

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