FIELD PLUS No.23
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29FIELDPLUS 2020 01 no.23りするために、ラクダやウマといった家畜を飼養し、お金が必要な時に売り払っている。牧畜専業の人もいるが、多くの村民は漁業(あるいは公務員)と牧畜業とを兼業している。この漁牧複合という生業形態は実はソ連時代と同じなのである。 しかし、動物の飼い方という点では大きく変わっている。ラクダやウマについては、群にあまり人間が介入しない。ヒツジについては数世帯での輪番制で草地への放牧を行っている。少なくともA村の個人所有の家畜については、雇われ牧夫がいて群を管理しているという話は聞かない。また、家畜囲いや畜舎は素材が大きく変わった。ソ連時代に築かれた家畜囲いは、粘土にヒツジの糞やヨシ藁を混ぜた壁にギョリュウモドキやタマリスクといった灌木を被せたものが多く、かつて村の周囲に灌木が多く生え、植生がより豊かだった時代があったことを想起させる構造である。これに対して、近年新築されている家畜囲いはアラル海が干上がってスクラップになったかつての船舶の一部やドラム缶を引き延ばしたものが用いられることが多い。これらの素材は単に囲っているというだけで、風や低温からの防御としては弱い。畜舎についても、古いものは木枠と日干し煉瓦、粘土やヨシ藁などで丁寧に築かれている。そのような構造の新築の畜舎もあるが、気密性は低く安価だが見て呉れはよい貝殻煉瓦を外壁材とする畜舎が最近の流行のようだ。このように、無理しない形で、今ある自然環境や社会・経済状況に適応的な牧畜の形態が村人によって選択されているのである。A村は決して貧困に喘いでいるわけではない。 しかし、A村には水道が引かれておらず、人や家畜の飲用水源に乏しい。また、道路事情は悪く、携帯電話も未だ通じない。これに対して、シルダリヤ・デルタ地域の諸村には水道が開通し、携帯電話も通じるようになるなど、小アラル海地域でもインフラや生活環境の格差が生じている。畜種もA村で中心的なラクダやウマではなく、豊富な淡水を必要とするウシが卓越してくる。アラル海地域社会・経済のエコロジカルな意味での持続可能性を考える場合、このような生活環境の変化が引き起こす生業や社会の変容についても加味して考えてゆく必要がある。アラル海地域は日々刻々と変化している。今後とも地域の人々に寄り添いつつ、フィールド研究を続けてゆきたい。 A村での聞き取りの様子(2017年9月、ニコライ・アラディン撮影)。古い家畜囲いの外壁。貝殻煉瓦製の新築の畜舎。A村を支える唯一の水源。*写真は明示のあるものを除き筆者撮影。

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