FIELD PLUS No.23
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26FIELDPLUS 2020 01 no.23 それぞれの向上会が何を題材にして、どんな「にわか」を作るのかは、祭り当日まで極秘とされる。向上会同士は対抗意識があり、同じような「にわか」を上演することは好まれない。だからこそ、他町が選ばないような題材を探し、それをもとに演目を作る。他町と題材が同じになりそうなときは、登場人物や粗筋、「落とし」に工夫を入れる。 「落とし」とは、落語のサゲと同じく、話を締めるために最後に述べる洒落や語呂合わせの言葉のことである。例えば、先ほど紹介した『謝罪会見』では「こうり(高利/氷)」が落としに当たる。どのような言葉を「落とし」に選ぶのかは、演目を作る上で彼らがもっとも気をつかう部分である。高森町では、演目の途中で観客に気づかれることなく、役者たちが去ったあとではじめて何が「落とし」だったのかを理解できる「にわか」が良いと言われる。だから、「落とし」になる言葉が決まったあとでも、どのような表現で「落とし」を言うのか、「落とし」につながる前振りの部分をどうやって構成・表現するのかを念入りに検討する。こうして「にわか」の題材や「落とし」の言葉がある程度固まると、ようやく演技の稽古へと移ることができる。台本がない?! わたしは何日か稽古に通ううちに、あることに気がついた。かれらは「にわか」を稽古する際に、台本を手にせず、演技をしているのである。このことに気がついたとき、わたしは最初、各自がすでに台詞を暗記しているため、台本を持つ必要がないのかと思っていた。だが、じつはそうではなかったのである。 演目の題材や「落とし」の言葉が決まると、かれらは登場人物や粗筋、鍵となるいくつかの台詞のアイディアをメンバー間で出し合って、演目を具体化していく。そして、意見のやり取りを経て粗筋の大枠が決まると、演者がさっそく皆の前で演じてみる。一通り、最後の「落とし」まで演じ終わると、観客として見ていた残りのメンバーから、台詞や演技について意見が出される。稽古ではこの一連の流れが繰り返される。 ここでの稽古の、最大の特徴は、脚本家や演出家のような人物がおらず、皆の話し合いで演目が作られていく点である。そして、文字で書いた台本が用意されず、演者自身が相手の台詞や反応を見ながら、その場で台詞を考えて即興で発していく。こうした稽古の進め方は、他地域の「にわか」ではみられず、高森町独自の稽古の進め方だといえる。 こうしたかれらの稽古のやり方は一見すると難しく感じる。じじつ、わたしも一度、稽古において、かれらと「にわか」をやってみたことがあるのだが、粗筋や話の展開を頭で理解しているにもかかわらず、その場で瞬時に考えて台詞を発することができず、まったく演技にならなかった。だが、かれらに言わせると、決められた台詞がないほうが、演者自身の裁量で自由に演技ができるため、演じやすいのだという。 もうひとつ、利点がある。それは、どの演目も誰でも演じることができるということだ。高森町の場合、あらかじめ決まった台詞がないため、話の粗筋や展開から外れなければ、どんな台詞を発しても問題にならない。メンバーは皆、稽古を通じて演目の粗筋や「落とし」の言葉を把握しているので、祭りの当日、演者が出演できなくなったとしても、ほかの者が急遽代役を引き受けることができるのである。 こうした上演の場での細かなやりとりは、稽古の様子を観察していなければ気づくことのできない大きな発見であった。「にわか」の継承にむけて 高森町の「にわか」は、2019年2月に国の記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財として選択された。こうした文化財への指定を喜ぶ声が聞かれる一方で、祭りの中心的な担い手である青年層の減少や、町の経済を支えてきた商店の減少と少子高齢化に伴う人口減少によって経済的な負担が増大していることに対する不安の声も聞かれる。これまで述べてきたような、「にわか」の上演や稽古のあり方も今後大きく変わる可能性がある。大きな転換期を迎えている風鎮祭や「にわか」に関わる人びとのために、研究者のわたしには何ができるのか、つねに悩まされる。今のわたしにできる小さな貢献は、毎年高森町に通い、定点観測的に記録を継続し、一時代の記録として将来に残せる資料を作成することなのではないだろうか。読者の皆さんも、よかったら熊本県高森町へ「にわか」を見に来ませんか? 一度見たらやみつきになる、面白い「にわか」が待っています! 公民館での稽古風景。何度も立ち稽古を行い、演技を作り上げていく。(熊本県高森町、2009年)「小屋入り」をすると、まず「にわか」に使えそうな題材や「落とし」のアイディアを出し合う。そして、話し合いで出た意見を黒板に書き出し、皆で検討する。(熊本県高森町、2009年)フィールド ノート

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