FIELD PLUS No.23
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25FIELDPLUS 2020 01 no.23い。伝承される地域がかぎられているため、知名度も低い。全国的にはあまり知られていない、地域の芸能の魅力を伝えたいという思いも、わたしがこうして調査研究を続ける原動力となっているのかもしれない。「にわか」研究へ わたしはもともとテレビドラマや演劇を観ることが好きだったこともあり、テレビ普及以前の日本社会において、人びとがどのように芝居や漫才などの娯楽を日常のなかで享受していたのかという問題に関心を持つようになった。調べていくと、かつては地域の祭りで、芝居を上演したり、浪曲の一座を呼んできたりして、人びとが様々な大衆芸能を楽しんでいたことがわかった。わたしは調査の過程で、現代でも一部の地域ではこうした習慣が続いていることを知り、人びとがどのように芸能と関わり、上演空間を作っているのかをもっと詳しく知りたいと考えるようになった。そこで、かつては博多にわかや肥後にわかという、興行としての「にわか」の上演が成立していた一方で、祭礼の場でも盛んに演じられたという歴史的経緯を持つ、北部九州地方の「にわか」を研究対象に選んだ。 「にわか」を作る このような経緯で、わたしが最初のフィールドに選んだのは熊本県阿蘇郡高森町だった。高森町では、毎年8月中旬に風鎮祭という祭りがあり、祭りの晩に町内各所で「にわか」が演じられる。熊本県では、昭和30~40年代頃まで祭りのなかで「にわか」が演じられることはごくごくありふれた光景だったが、次第に上演される地域が減少し、わたしが調査を始めた2008年には県内数ヶ所に残る程度であった。だんだんと「にわか」の伝承地が減っている今日的状況のなかで、高森町では毎年数多くの新作「にわか」が演じられ、演者集団もしっかり維持されている点がほかと一線を画す。 「にわか」を演じるのは高森地区に住む20~30代の男性たちで、伝統的に女性が「にわか」を演じることはない。かれらは、町内ごとに作られた向上会という若者集団に入っており、この向上会に所属する青年たちによって「にわか」が演じられる。8月に入ると、公民館で「にわか」の稽古が始まる。調査を開始したわたしは、さっそく公民館に通い、稽古の様子を見学させてもらうことにした。 どの地域の「にわか」にも共通することだが、基本的に同じ演目が翌年以降に演じられることはない。そのため、毎年新しい演目が作られる。高森町の場合も例外ではなく、「小屋入り」(稽古始めのこと)した青年たちが最初に行う仕事は演目作りである。かれらは、毎年6~8作ほどの新作の「にわか」を一から作るのだ。 演目を作るにあたって特に重視されるポイントは、「題材」と「落とし」である。「にわか」の題材には、最近の流行や話題の出来事を入れ、その年の世相を反映するものが多い。たとえば、2019年の風鎮祭では東京オリンピックや大河ドラマ『いだてん』を題材にした「にわか」が数多く演じられた。また、ちょうどこの夏、ワイドショーを賑わせていたお笑い芸人たちによる闇営業問題を元にした「にわか」も作られた。どのような「にわか」が演じられたのか、ここで少し紹介したい。『謝罪会見』(下町向上会、2019年上演) 売れっ子芸人とマネージャーが登場する。最近、芸人がヤミ金に手を出していたことが世間にバレたので、謝罪会見を開こうと相談している。 そこに週刊誌の記者が来て、今後の対応について質問する。すると、マネージャーが、風鎮祭でかき氷屋を開いて、社会貢献をするという。それに対し、記者はそれでは反省にならないという。なぜだと反論する芸人とマネージャーに対し、記者がこういう。 「こやつがしよったのはヤミ金。かき氷屋は『こうり(高利/氷)』貸しになるじゃないか」(落とし)風鎮祭では露店が並ぶ通りに移動式の舞台を設置し、「にわか」を演じる。観客は舞台を取り囲むように、通りに立ち止まって鑑賞する。(2013年8月17日撮影)

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