FIELD PLUS No.23
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22FIELDPLUS 2020 01 no.23干ばつの年は家畜が十分に肥えておらず、しかも、草丈が短いため、直後の冬に被害が大きくなりやすい。死亡だけでなく、不妊や流産も多く発生する。これらは利用できる家畜の減少、ひいては収入の減少を引き起こす。そう、モンゴルでは自然災害の直接の被害者は人間ではなくて、家畜なのだ。大学の講義でこう指摘すると驚く学生が少なくない。いかに家畜が牧畜民にとって重要かが伝わるからだ。家畜の飲み水としての水源の重要性 最後に、雨と並んで重要な水として家畜の飲み水について指摘しておきたい。家畜の飲み水の水源としては川、井戸、泉がある。水がなければ、どんなに豊かな草原も利用できない。もしモンゴルで夏に家畜が放牧されていない豊かな草原を見つけたら、それは水源がないからと考えてよいだろう。だが、雪が降ると、家畜の飲み水がないために利用できなかった草原が利用可能になる。雪が水代わりになるのだ。これは人間も同じである。雪がない季節に利用されなかった牧地は豊富な草が残されており、厳しい冬には最適だ。だから、雪が十分に降らないことも自然災害の一つである。 他方で、わたしが調査をおこなっている内モンゴルの西南部と西部では雪はあまり降らない。そのため、雪害はほとんどないが、干ばつは深刻である。地域によって、重要な水資源や災害の様相が異なるのもモンゴル牧畜の特徴である。モンゴル牧畜の多様性 水と同様、草も地域によって異なる。家畜それぞれが好む草が異なるため、草が違えば、地域によってメインとなる家畜も異なる。モンゴル牧畜の特徴は多様な自然環境を一つの牧畜文化がおおっていることであると考えている。そのため、モンゴル牧畜全体として語れるものがある一方で、地域差も大きい。近年モンゴル高原は国を問わず、気候変動、市場経済化、グローバル化、資源開発などによって大きな変化を経験しており、むしろ地域差がさらに大きくなってきているように感じている。モンゴルの面白さは日本との異質性に加えて、この地域間の相違があることである。モンゴル牧畜をその多様性からどう理解していくのかが今後の課題である。 だから、結婚して独立する子どもへ両親から贈られる婚資はまず家畜だった。 牧畜民の財産は家畜であり、生活の中心であるためであろう。モンゴル牧畜民は家畜自身に福があると考えている。そのため、家畜を売却するときには、その毛を少し取る。家畜を手放すことによって、家畜の福が持っていかれないよう、とっておくのだ。自然災害の被害者は家畜 経済的にも、社会的にも、文化的にも重要な家畜において最大の敵の一つは自然災害だ。とくに深刻なのが先述した干ばつと、雪害である。雪害のなかでも一番大きな被害が出やすいのは草が大雪やアイスバーンによって覆われてしまうことである。そのため、家畜が餓死するのだ。とくに写真7 牧畜民女性に腕を広げてもらう。両手を広げた長さの半分がデリム。(2005年6月)写真4 モンゴル国の牧畜民の放牧風景。冬季はウマに乗ってヒツジとヤギを放牧。(2012年12月)写真5 廣宗寺。(2002年7月)写真6 草原に座る僧侶。(2002年7月)

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