20FIELDPLUS 2020 01 no.23ルの牧畜民のことをそれなりに理解したと思っていた。ところがどうであろう、自分にいかに農耕民的な発想が染み付いているのか、そして牧畜民にとって草がいかに重要かを思い知らされた。そのエピソードをまず紹介しよう。 内モンゴル西部の賀蘭山の麓にある廣宗寺(通称、南寺)を、留学を終えて帰国する直前の2002年7月に訪問したときのことである。廣宗寺は18世紀に建立されたチベット仏教寺院で、非常に美しい寺院である(写真5)。ところがその庭には雑草がまさに茫々と生えていた。日本の寺院であれば、檀家さんがもちまわりで雑草抜きをするからこんなに荒れるがままに放置されることはない。そんなことを思いながら、寺院の庭を眺めていた。そのとき、60代のモンゴル人の僧侶が目を細め、とてもうれしそうにその「雑草」を眺めながら、「今年は雨がたくさん降ったから、草がよく育っているね」とわたしに語りかけてきた。わたしはハッとした。わたしには「雑草」に映った草はモンゴル人にとってみれば家畜のえさであり、豊かさの象徴なのだ。だから、草を「雑草」としてみることもなければ、ましてそれを抜くようなこ乾燥・寒冷のモンゴル モンゴル高原は北と西をハンガイ山脈とアルタイ山脈に、東を大興安嶺、南をチベット高原につらなる祁連山脈に囲まれた高原地帯である(地図参照)。自然環境の特徴は乾燥と寒冷である。しかも、年間降水量は500mmから40mmと幅があるため、土地景観も森林、草原、砂漠と多様性に富んでいる。 モンゴル人の居住地は大きくモンゴル国と中国内モンゴル自治区(以下、内モンゴル)、ロシア連邦の3つに分かれる。わたしは1997年に初めて内モンゴルを訪問して以来、定住牧畜民を対象として内モンゴルでフィールドワークを続けてきた。主な調査地は内モンゴル西南部で流動砂丘が広がるウーシン旗(写真1)と、内モンゴル西部で礫ゴビ砂漠に形成されたオアシス、エチナ旗である(写真2、3)。それに加え2011年よりモンゴル国で、季節移動を続ける牧畜民の調査もおこなっている(写真4)。「草」を見る目 過去に中国内モンゴルに2年留学し、そのうちほぼ1年を流動砂丘地帯のモンゴル牧畜民の家で過ごしたわたしは、モンゴモンゴル国内モンゴル自治区黄海渤海黄河黒河バイカル湖ハンガイ山脈アルタイ山脈祁連山脈賀蘭山大興安嶺調査地調査地調査地ロシア連邦中国ウランバートルウーシン旗エチナ旗廣宗寺モンゴルの牧畜を考える上で重要なキーワードは草、水、家畜と多様性である。フィールド経験からみえてきたモンゴル牧畜の一端を紹介したい。私のフィールドワークモンゴルの牧畜をまなぶ児玉香菜子 こだま かなこ / 千葉大学
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