15FIELDPLUS 2020 01 no.23 また、この踊りが、行政のプロジェクトの産物であるという点も流行に大きく寄与したであろう。バリ島のすぐわきのペニダ島に細々と伝承されていたレンテンという素朴な奉納舞踊があり、バリ州の文化局は1999年にその復興にのりだす。レンテンを調査し、他の舞踊の振りも取り入れながらこれを新たに整えると、ルジャン・レンテンと名付けた。2011年に日本人グループが芸術祭で上演したこともあり、次第に知られていったのだが、この官製ルジャン・レンテンを広めた中心的人物に、ダユことイダ・アユ・ディアスティニさんがいる。優れた踊り手で、文化局の職員でもあるダユは、バリ中の村々、およびバリ島外のバリ人コミュニティを訪れ、この舞踊の解説をし、また踊りのワークショップを開いている。ダユはこうした各活動に、レンテンの発祥地ともいえるペニダ島のダレム・ペッド寺院から頂いた聖水を持参していた。彼女はこの寺院の神格の力添えを祈りながら、ルジャン・レンテンを教えたり踊ったりしているという。美しいダユにはファンも多く、筆者は彼女のカリスマ性もこの流行を幾分か後押ししたのではないかと思っている。競技会と自治体行事 宗教儀礼以外にこのルジャン・レンテンを目にする機会として、競技会と自治体の記念日の行事がある。競技会の場合、村が主催し、村内の各集落から15~20人程度のグループを出して競わせるといった形式が多い。筆者が訪れた村では、競技会に19チームが参加していた(写真3)。神聖な舞踊だということで、勝手なアレンジや創作は良しとされず、必然的にどのチームもほとんど差のない似通った演技となる。ただでさえ繰り返しの多いこの踊りを延々と19回鑑賞するはめになり最後には朦朧としたが、それぞれの家族たちが入れ代わり立ち代わり見に来て大いに盛り上がっていた(実際には、ルジャン・レンテンはレンテンを元にしたある種の創作であるといえる。よって、それをさらにアレンジしたって良いじゃないかと突っ込みたくもなるのだが、理念上は、神聖な舞踊には「あるべき姿」があり、余計な改変はその価値を損なうとされる)。最後には審査員の講評が行われる。競技会もまた人々がこの舞踊を学び、さらなる活動を動機づけられる機会となる。 県などの自治体の記念日にこの踊りを用いることも流行った。そこでは、時に数千人といった規模の大量の踊り手が動員される。2019年3月にはブレレン県シンガラジャにおいて、7289人によるルジャン・レンテンが踊られマスコミを騒がせた。大通りに延々と、そして整然と連なる女性たちの舞姿がドローンで撮影され届けられた(写真4)。その視覚イメージは確かに、県の統制力や、県民の団結力を誇示し、祝ううえでの有効なツールであろう。そして下世話な私は、この流行によって生地屋や仕立て屋、そして美容院や化粧師もずいぶんと儲かっただろう、などと思わずにはいられなかった。舞踊の神聖さとは こうして儀礼の外でも頻繁に踊られていたルジャン・レンテンであるが、近年その神聖性を巡って議論がなされている。ある人は、この神聖な踊りは儀礼でのみ踊られるべきで、競技会の種目にしたり、県政の道具にしたりしてはならないと訴える。また別の人たちは、ルジャン・レンテンが、頻繁に世俗の行事で踊られていること、奉納舞踊にしては技巧的でエンターテインメント性が高いこと、一時期のブームに過ぎない可能性があることなどを理由に、より古い他のルジャンと同等の神聖性を持たないと感じている。文化局は前者の立場で、最近正式に儀礼の外での上演を禁止する通達を出し、また衣装、踊り手の資格(既婚女性であること、月経中など穢れの状況にないことなど)、踊りのうち省略してよい部分とそうでない部分などを厳密に規定することで、よりこの舞踊の神聖さを強調しようと努力している。ちなみに、ダユはかつて私にこの舞踊を教えてくれ、奉納にも誘ってくれたが、この新しい文化局の規定によれば、未婚者である私は踊る資格がないことになる。もう一緒に奉納することはできないのだろうか。しかし依然として、この踊りは奉納芸というより余興の一種であると考える者たちもいる。筆者のもう一つの調査地、ジャカルタのバリ人コミュニティでは、むしろ儀礼の重要なプロセスが終わったあと、付け足しのような形で踊られている。この官製ルジャン・レンテンは、舞踊の神聖さとは何か、何が奉納に相応しい踊りの条件なのかについて議論を巻き起こしながら、いまも社会のなかでの位置づけを探している。 写真3 競技会の様子。手前の女性は審査員(2018年8月12日、バリ島バドゥン県にて筆者撮影)。 写真4 ネット上で報道されたシンガラジャでの様子(Dewata Pos 2019年3月30日)。出典https://dewatapos.com/7-289-penari-rejang-renteng-warnai-415-kota-singaraja/ (2019年10月30日アクセス)写真5 ルジャン・レンテンの大流行に続き、たくさんの新作ルジャンが創られた。このルジャン・サリはその一つで、写真はジャカルタおよびその郊外のヒンドゥ教徒たちによる上演(2019年9月14日、ボゴールにて筆者撮影)。
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