FIELD PLUS No.23
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9FIELDPLUS 2020 01 no.23ず世界の研究者たちが、日本・諸外国において、史資料の発掘・調査を進めている。関係者の多くが死去するなか喪失したものもあるが、それでもなお貴重な史資料がいまも発見されている。 さらに今世紀に入ってGIS(地理情報システム)の進歩が、こうした史資料の分析を質的に向上させている。たとえば貿易に関して単なる貿易量の推移だけでなく、位置情報・地理情報を付与することで、日本がイスラーム世界との貿易をどのように進めていたのかについて時系列的に掌握することを可能にしている。日本の艦船(民間船・軍艦)の動きもイスラーム世界への進出過程を追う上において重要である。これら、同時に貿易振興策の拠点としての活動も進めた。イスラーム世界において日本政府は1928年にカイロ日本商品館、1929年にイスタンブル(設立当初はコンスタンチノープル)日本商品館を設立して、官民一体で貿易振興を進めた。第二次世界大戦後の日本経済の躍進に寄与する日本貿易振興機構(ジェトロ)と同様に、戦前期の日本商品館は日本の経済進出の要として機能していた。 しかしながら1929年にニューヨークに端を発した世界恐慌が事態を一変させた。世界的にブロック経済による閉鎖的状況が生ずる中で、数年を経て両日本商品館は閉館に追い込まれ、日本はイスラーム世界から撤退を強いられ、外交官や駐在武官たちの活動も以前と異なり厳しく制限されだした。その延長線上で日本は第二次世界大戦に突入していき、戦後は戦前期のイスラーム世界での活動を忘却していった。史資料とGIS活用 それでもこうした歴史にかかわる様々な公文書・私文書・書簡・日記・写真・統計資料などは散逸・埋没しながらも今日に至るまで残っていた。現在では日本のみならからの研究者はこうしたGISの効用を掌握しつつ、史資料の発見・分析をしていくことが必須である。さらには研究を推進するうえで研究者は個人だけでなく共同研究拠点を構えてGIS情報をデジタルアーカイブとして世界に発信・公開しながら世界の研究者と協働してさらなる研究の進展を図ることが必要になっている。グローバル・ヒストリーに向けて 最近の歴史学の学問分野において、こうした日本とイスラーム世界の関係を、以前のような外国や異文化圏との関係史・交流史といった1対1対応の平板な歴史ではなく、全世界を巻き込んだ地球規模の世界史、すなわちグローバル・ヒストリーとしてとらえていこうという試みが推進されつつある。たとえば日本国籍船のスエズ運河(ポートサイード)利用は日本とイスラーム世界の貿易関係だけでなく、それまで質と量で圧倒していた英国をはじめとする欧米列強諸国の状況変化とも結びついている。貿易構造の変化は、南アジアや東南アジア諸国にも波及している。また日本の進出過程で日本人が各地で撮影した数多くの写真についても被写体の解明ばかりでなく、撮影地の位置情報をGISによってマッピングして、体系的な情報へと昇華させることによって、航路や貿易拠点の人や物の往来・移動の実態が可視的情報として理解可能となり、今まで看過されていた事実が見出される。地球規模で研究する上で、GISは非常に有効な情報を提供してくれることが期待されている。 このようにグローバル・ヒストリーの観点にたてば、近代日本のイスラーム世界進出という事象は、単純に日本だけの問題ではないことがわかる。こうした近代日本の動向は世界全体の動きに連動・波及しながら展開してきたのだという新しい世界史像を私たちに提示してくれるだろう。 日本=エジプト貿易統計(1927-36年)。『カイロ日本商品館館報』から。カイロのミスル駅(現ラムセス駅)にて皇太子時代の昭和天皇(1921年)。マルタ島の第二特務艦隊。マルタ島の第二特務艦隊の水兵の記念写真。吉田正春『回彊探険 波斯之旅』(1894年)。

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