フィールドワーカーの酢豚、炒飯、餃子などの中華料理、チゲやビビンパのような韓国料理、さらにはメンチカツ、ミートスパゲティー、ハンバーガーといった洋食など、様々な料理を楽しむことができる。観光や仕事のためミッチーナーに滞在する外国人に現地の住民と、この店の客層は広い。 店主のラビャー・トゥーリンさんはカチン州の主要民族であるジンポー人で、1957年にカチン州南部の中心都市バモーに生まれた。1980年にヤンゴン大学で学位を得た後、外国語学院の全日制に通い日本語の課程を修了した。ヤンゴンに進出していた日本の建設会社に勤め、その時にカレーライスやおにぎりといった日本の食べ物を初めて口にした。1990年に訪日して居酒屋で料理を修行し、様々な国の料理に触れた。仕事の合間に厨房のまかないでビルマ風のカレーを作って食べ、職場の日本人にもふるまい好評だったという。15年7か月にわたる日本滞在を終え、2005年に祖国に戻った。 日本で十分な貯えを得たので、帰国当初は特に仕事をせず、親戚にお金を与えたりしていた。ところがある日、8歳になる息子の一言にショックを受けた、「お父さんはいいよね、毎日仕事もせずに家にいられて」。日本では一生懸命働いたが息子はその姿を知らない。きちんと仕事をして生計を立てているところを見せないと子供が誤った育ち方をしてしまう、と。一念発起した彼は、日本で修業した料理の腕前を生かし、現地ではまだ珍しい和食などの料理を食べさせる店を開こうと決め、2008年にこの料理店を開いた。 トゥーリンさんが料理を出す際に心がけていることが二つある。一つは天然の素材にこだわること。中国製の安価な化学調味料は使わない。もう一つは衛生面に配慮すること。新鮮な食材を厳選し、水は良質の井戸水を使い、調理場や調理器具は清潔に保つ。現地の食堂でまだ十分浸透しているとは言えないこうした意識には、客に少しでも良いものを出したいという思いと、客の健康への配慮が感じられる。体調を崩した外国人が多くこの店を訪れるのは、彼のこうした心遣いが周囲に伝わっていることの表れである。それでいて料理の値段は他の店と比べてほんの少し高い程度だ。料理人としての志の高さを感じずにはいられない。教師である父親の教えの賜物なんだろうな。 調査の疲れを癒やしながら舌鼓を打つオリエント・レストランの料理の数々は、まだしばらく続くミッチーナー通いのささやかな楽しみであり続けるに違いない。 ミャンマー最北の州カチン州の州都ミッチーナーに調査で滞在する際に、必ず立ち寄る料理店がある。市街地のほぼ真中に位置するミッチーナー駅から徒歩5分、YMCAの敷地内にあるオリエント・レストランである。実のところ「立ち寄る」はきわめて控えめな物言いであり、「入り浸る」という方が正しい。 この店では、鶏照り焼き、親子丼、のり巻き、皿うどん、冷奴といった日本料理、オリエント風ジャガイモ青チンジャオロースー椒肉絲。筆者が教えたレシピに店主が人参を入れるなどアレンジを加え、メニューに入れてくれた。親子丼。野菜がたっぷり入っていて、彩り・栄養いずれの点でも満足のいく一品。オリエント・レストランの店構え。写真中央の人物が店主のトゥーリンさん。ミャンマーカ チ ン 州ミッチーナー2019 07 no. 22[発行]東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所〒183-8534 東京都府中市朝日町3-11-1 電話042-330-5600 FAX 042-330-5610定価 : 本体476円+税[発売]東京外国語大学出版会電話042-330-5559 FAX 042-330-5199FieldPLUSフィールドプラス澤田英夫さわだ ひでお / AA研オリエント・レストランミャンマー、カチン州ミッチーナー*写真はすべて筆者撮影。
元のページ ../index.html#36