FIELD PLUS No.22
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25FIELDPLUS 2019 07 no.22いた先生が茶産地出身というご縁があり、念願がかなって2012年からご親戚の家にお世話になることになった。なお、本稿では、加工品の場合は茶、植物の場合はチャと区別する。チャとともに暮らす 調査に入ったシャン州ナムサン郡は、ミャンマー最古にして最大の茶産地とされ、主にモン・クメール系のパラウン(自称タアン)人が茶生産に従事している。標高1500から2000メートルの山並みの尾根筋に沿って村が点在し、斜面がチャ畑として利用されている。耕作地総面積のうち9割がチャ畑で、多くの人が何らかのかたちで茶生産とかかわりを持つ。 チャ摘み期の3月末から10月、村の生活は、チャを中心にまわっている。チャの収穫では、生長途上の新芽を摘むため、収穫に適した時期を逃さぬよう気を配ることが大切である。チャ摘みのタイミングが少しでも遅れると、葉が育ちすぎてかたくなり、高値がつかなくなってしまう。そのため、新芽の生長に合わせて、来る日も来る日もチャ摘みを行う。早朝、細い山道を歩いて畑に向かい、夕方かごいっぱいの生葉を背負って村に戻るという日々を繰り返す。また、生葉は収穫後すぐに酸化発酵が始まるので、その日のうちに製茶工場に販売に行くか、加工にとりかからなければならない。特に3月末から4月上旬の新茶の季節には、夜遅くまで製茶作業を行うことも多い。いそがしい毎日だったが、チャ畑に囲まれた村で、摘みたての青々とした新芽が香る茶を味わえるのはとても幸せなことだった。チャ摘みの労働力を集めるしくみ チャ農家は、収穫適期にチャ摘みの労働力を確保すべく日々努めている。労働力を集めるための2つのしくみ――労働交換と信用貸し――をみてみよう。ひとつは、農家同士の助け合いで、1日分の労働力を交換し合うしくみである。農家は、先に収穫時期を迎えた人の畑に手伝いに行き、後日自分の畑の収穫のときには彼らに手伝ってもらう。もうひとつは、農家と労働者の信用貸しに基づくしくみである。農家は、労働者に米や油、豆、果物、薬、せっけん、少額の現金を無担保・無利子で前貸しし、労働者はその農家に労働力を提供することでこれを返す。労働者は、チャ園を全く持たないか、小さなチャ園しか持たない村民で、農家に頼らなければ生活が立ち行かない貧困層が多い。農家は、前貸しすることを「支援」と呼び、これによって労働者をつなぎとめている。 労働交換では、その日どれだけ収穫したのか、それがいくらで取引されたのか一切問われない。そのため、労働力が貨幣価値に数量化されたり、帳簿に記入されたりすることはない。一方、信用貸しでは、労働者の報酬は、日々変動する生葉の取引価格と収穫量に基づいて決められる。そして、労働者に「支援」する物品には値段がつけられている。つまり信用貸しに基づく農家と労働者のやりとりでは、労働力も「支援」された物品もすべて貨幣価値に数量化され、帳簿に記入されている。 チャ摘みをめぐる人々の関係に興味を持っていたわたしは、信用貸しで用いられている帳簿をひとつの手がかりに、調査をはじめることにした。フィールドでの帳簿調査 帳簿の調査には思いのほか苦労した。手書きの帳簿は読みづらく、形式も統一されていない。また、略語や固有名詞が頻出するため、いちいち確認しながら読み解いていかなければならない。帳簿1ページを解読するのに丸1日を費やすこともあった。 ある程度帳簿の全体像がつかめるようになってくると、いくつか疑問がわいてきた。農家は、年に3~4回、労働者立ち合いのもとこれまでの彼らの報酬と負債を計算している。しかし、この場では計算するのみで、それを清算することはない。労働者の負債がかさんでいても、取り立てる様子もなければ、その金額を気にする様子さえない。これだけ詳細に帳簿をつけているのに、なぜなのだろうか。また、信用貸しは、経済的に余裕がある農家が、貧困にあえぐ労働者を「支援」するという、経済的な優劣に基づチャ摘みの合間にお茶を飲んでひと休み。人の背丈より高いチャ樹もある。チャ摘みの様子。両手を使って新芽を次々と摘んでいく。

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