21FIELDPLUS 2019 07 no.22学校に上がる前に鉛筆の持ち方などを練習するプレスクール、各クラスの参加者が一堂に集まるBBQなど、様々な活動を行っています。今、いちょう団地で話されていることば ボランティア活動も行いつつ足繁しげくいちょう団地に通い詰めた結果、難民として来日した親世代のベトナム人は主にベトナム語を話し、その子どもたちは主に日本語を使って生活していることが分かってきました。「自分の子どもにベトナム語と日本語のバイリンガルになってほしい」と望んでいる親が多いにもかかわらず、その希望通りにはなっていないのが現状です。調査を始めた当初は私も、「ベトナム人の若者たちは、ベトナム語と日本語を自由自在に切り替えながら話している」と思い込んでいました。 いちょう団地に暮らすベトナム人の子どもにとって、人生の分かれ目となるのは、公立高校の入学試験です。小学校や中学校は義務教育ですが、高校で教育を受けられるかどうかは、今後の就職の機会に直結しているからです。 いちょう団地の小・中学校に通うベトナム人の生徒の多くが、高校入試に合格するために頑張っている様子を隣で見ていると、親世代が話しているベトナム語ではなく、日本語中心の生活になっていくことはやむをえないと痛感します。 現在日本には、ベトナム人向けの民族学校はありません。ですから、ベトナム人の子どもの多くは、日本語で授業の行われている公立学校に通うことになります。ベトナム語の通訳の先生のサポートや、難しい日本語を使う国語や社会の時間は別室で個別の授業を受けてもよいといった支援体制は用意されているものの、ベトナム人の子どもたちは、基本的には日本語のみを話す児童・生徒たちと同じ授業を受けています。理想のベトナム語教室 忙しい授業の合間をぬって、ベトナム語の歌を歌ったり、伝統衣装のアオザイを着て踊ったりする小・中学校のクラブ活動に参加するベトナム人の生徒もいます。しかしながらいちょう団地では、子どもたちが授業形式でベトナム語を学ぶ機会はあまりありません。 日本語教室の主催者によれば、いちょう団地のマイノリティの若者は、高校卒業前後の進学や就職、結婚に際し、名前や国籍を変更するかどうかという問題に直面することが多いのだそうです。そしてそのような決断を迫られた時にこそ彼らは、自分のルーツやアイデンティティを強く自覚し、ベトナムの言語や文化の勉強に興味を持つことがあるのだそうです。よって、小・中学生向けの教室だけでなく、将来のキャリアの選択肢を増やせるように、大人への階段を上っている時期の若者向けのベトナム語講座があってもよいのでは、と語ってくださいました。 実際、私がボランティアをしている夜の日本語教室のメンバーは以前何度か、いつもの日本語の教室が始まる前に、ベトナム語を勉強するために集まっていたことがありました。この集まりでは、日本語教室とは逆に、日本語教室で日本語を学ぶベトナム人が日本人のボランティアスタッフにベトナム語を教えるという形式を取っていました。しかしながら、この試みはあまり長くは続きませんでした。日本人メンバーにとってはベトナム語を学習するモチベーションを保つのが難しいという事情があったようです。さらに、先生役である若いベトナム人たちは、これまでに数回しかベトナムに帰国したことがないので、ベトナム語とベトナム文化を教えられるだけの自信が持てていないように見えました。特に私のような、ベトナムへの留学経験のある参加者がいると、間違いを指摘されるのではないかと感じ、相当やりにくかった*写真はすべて筆者撮影。中学生のための放課後教室。
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