FIELD PLUS No.22
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20FIELDPLUS 2019 07 no.22まで神奈川県大和市には難民定住センターが設置され、そこで就職先の紹介などが行われていたため、今でも大和市周辺に住んでいるベトナム難民出身者が多くいます。 この団地の中を歩いていると、ベトナムレストランや雑貨店の他にも、日本語だけでなくベトナム語、中国語、ポルトガル語などで「バイク進入禁止」と書かれた看板や、「ようこそ図書館へ」と書かれたチラシ、バスの乗り方やごみの捨て方の案内などを目にすることができます。市民団体・多文化まちづくり工房 1994年、ボランティアたちがいちょう団地に暮らす外国人のための夜間日本語教室を開設しました。ここでは週に2回、少人数のグループに分かれて会話や文法の練習が行われています。私はこの教室で2007年からボランティアを行っています。 この教室を主宰する市民団体・多文化まちづくり工房は夜の日本語教室の他にも、日本語での携帯電話の解約の仕方といった生活相談や、高校受験のための放課後教室、小神奈川県営いちょう団地 私の専門は言語学です。特に、1人の話し手が2つ以上の言語を使う状況に興味を持っています。その具体例として、ベトナム戦争により日本に移住したベトナム難民が、ベトナム語と日本語をどのように使い分けているのかについて調査しようと考えました。 今回は、私の調査地である神奈川県営いちょう団地について紹介したいと思います。私はここに住んでいるベトナム人の言語と生活について、聞き取り調査やアンケート調査を行っています。 いちょう団地は、神奈川県横浜市と大和市にまたがる大きな団地です。現在この団地には約3,300世帯が暮らし、その3割程度が外国につながる世帯だと言われています。 ベトナム戦争が終わった1970年代後半以降、8,600人を超えるベトナム人が難民として日本に渡ってきました。1998年多言語で書かれたごみの捨て方などの生活ルール。 多言語で書かれた 「バイク進入禁止」。神奈川県東京都横浜市大和市相模湾東京湾相模川鶴見川多摩川いちょう団地「多文化を感じられる場所」として最近テレビでもよく取り上げられているいちょう団地。フィールドワークを通して見えてきたものは、今まさに多文化が多文化ではなくなろうとしている現実でした。私のフィールドワーク日本の団地に暮らすベトナム人の言語教育安達真弓 あだち まゆみ / 人間文化研究機構 

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