FIELD PLUS No.22
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9FIELDPLUS 2019 07 no.22各世帯に配り、各世帯にインジェラを焼くよう依頼する。基本的には奉仕活動であるため、高齢世帯や病人を抱える世帯などは作業を免除されるが、1世帯あたり、少なくとも30枚程度のインジェラを焼くことが求められる。場合によっては、祭日直前の参詣者の往訪の様子をみてインジェラを焼く量が急遽増やされることもある。 インジェラとともに提供される牛肉のワットは参詣者の供物で作られることが多い。参詣者のなかには、ヤアで誓願を立てるために供物を持って訪れるものも多く、コーヒー豆や蜂蜜など地域の産物も多く見られるが、牛、羊といった家畜を供えるものも少なくない。このようにして持ち込まれた家畜は祭日前夜の夕食に合わせてられ、複数のドラム缶を使用して調味料とともに大胆に煮込まれる。 夕食を配る際、住民らは互いにコミュニケーションを取りながら、すべての参詣者に行き届くよう慎重にインジェラを運ぶ。参詣者はそれを受け取り祈祷をあげて食事を始める。この食事の配給は、参詣者の歓 大祭前日の日没後、モスク委員会の代表者が夕食を配る旨を参詣者らに拡声器で告げる。住民らは、大皿にインジェラを広げ、牛肉を煮込んだスープ(ワット)を注ぎ、それを聖者廟周辺に寄り集まっている参詣者らに配り届ける。インジェラとは、テフ、モロコシなどの穀物を粉にひき、水に溶いて発酵させ、薄く焼いたクレープ状の食べ物であり、エチオピアの多くの地域で主食として食べられている。参詣者らは、住民に感謝の言葉を述べてそれを受け取り、参詣者仲間とともに食す。 しかしながら、ヤアに暮らすわずか200世帯程度で、エチオピア各地から集まる数千人もの参詣者の食事を準備することは当然容易ではない。モスク委員会を中心として住民たちはこの夕食のための準備を日常的、組織的に行っている。 住民の代表者で組織されるヤアのモスク委員会は、毎週木曜日に、住民全員が参加する奉仕活動を行うよう定めている。その内容はさまざまであるが、宗教施設の補修、清掃といった労働による奉仕が求められることが多い。参詣者への食事の準備も、このような住民の奉仕活動の枠組みによってなされる。 参詣者に振舞われるインジェラの原料であるモロコシは、同委員会が所有する耕地を住民が耕作し生産される。本格的な雨期が始まる前の5月下旬頃になるとモロコシの播種が始まる。そして、翌年2月頃に収穫された後、風選され、モスク委員会の穀物庫に保管される。祭日の1ヶ月前になるとモロコシの製粉作業が始まる。集落内の水力製粉所に運ばれ、製粉されたのち、再び布袋に詰められ倉庫に保管される。祭日が1週間後に迫ると、インジェラを焼く作業が始まる。モスク委員会はモロコシ粉を待に宗教的な使命感を持つ住民たちの、長期にわたる労働が結実するクライマックスの瞬間とも言える。バラカとしてのインジェラ 参詣者のなかには、ヤアで与えられるこのインジェラをバラカと評するものも多い。バラカとは「神に由来する聖なる力、恵み、祝福」を意味する。聖者廟への参詣者がその地に惹きつけられて参詣を繰り返すのも、多くの場合はバラカにあやかることを期待してのことである。 食事で来客を歓待するヤアのこの慣習は、モロコシの播種からインジェラ焼きに至るヤア住民の組織立った労働に支えられている。そして、この住民全体で日常的に行われる労働は、ヤアに帯びるバラカをインジェラというかたちに具現化するための不可欠な過程になっていると言える。 イスラームの祭日に参詣者に提供されるインジェラ。すべての参詣者に行き届くように、ヤア住民は連携してこの大皿を配る。風を利用して脱穀した穀物から異物を取り除く作業(風選)を行うヤアの女性。ヤア住民の焼いたインジェラ。主原料はモロコシ。ヤア住民のムサ一家と筆者(左端)。インジェラを食す参詣者たち。

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