FIELD PLUS No.21
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6FIELDPLUS 2019 01 no.21表す名詞を作り出す接尾辞)がついて「イヤフォン」という名詞が作られる。さらに -eer(「で」に類似し、道具を表す)と -ee(「自分の」という意味を表す)が後続して、「自分のイヤフォンで」という意味を表す語全体ができあがる。 動詞が多くの活用形をもつこともモンゴル語のアルタイ的な特徴の1つである。例えば、動詞の活用形のうち名詞を修飾することができるものはまとめて分詞(あるいは形動詞)と呼ばれる。また、他の動詞と連接する(他の動詞を修飾する)働きをもつ活用形は「副動詞」と呼ばれる。動詞1つにつき、分詞(形動詞)が10以上存在する。同様に、副動詞も動詞1つにつき10以上存在する。 さらなるアルタイ的な特徴として、形容詞が格接辞(日本語の「格助詞」に類似するもの)を直接とる現象が挙げられる。日本語では形容詞に格助詞を直接つけることはできず、「その赤いのを持って行く」のように形容詞の後に「の」などの要素を加える必要がある。一方モンゴル語では「その赤いを持って行く」のように、「を」に相当す「モンゴル諸語」と「モンゴル語」 モンゴル諸語(モンゴル語族の言語)は北東アジア地域に広く分布している。それらのうち最も話者が多いのが「モンゴル語」で、主にモンゴル国と中国内蒙古自治区で話されている。筆者はモンゴル国の首都ウランバートルを中心に話されている「ハルハ方言」を特に研究している。以下の説明はハルハ方言に関するものである。モンゴル語のアルタイ的な特徴 モンゴル語のアルタイ的な特徴と言えば語順(SOV)がまず挙げられる。日本語の語順にもよく似ており、日本語からの直訳でほぼ意味が通じる。Či yuu avsan be? というモンゴル語の文では、左から「君、何、買った、か?」のように語が並んでいる。 また、単語の作り方(語の内部構造)もアルタイ的である。語の中核となる「語根」と呼ばれる要素がはじめに現れ、それに様々な接辞が後続して単語が作られる。例えばčix-evč-eer-ee「自分のイヤフォンで」という語では、まず「耳」という意味を表す語根čixに -(e)vč(身に着けるものなどをる格接辞(対格接辞)を形容詞に直接つける(下線部に対応するモンゴル語はulaan-iig-n’ 赤い-を-その)。このようなことから、アルタイ的な特徴を示す言語では名詞と形容詞の区別があいまいであると言われることがある。他のアルタイ的な言語との違い このようにアルタイ的な特徴をもつモンゴル語であるが、他のアルタイ的な言語(チュルク諸語やツングース諸語)の多くとは異なる点もある。一例を挙げると、モンゴル語では動詞の使役形「~させる」が受動の意味も表す現象が広く観察される。日本語では「私は太郎に(次郎を)叱らせた」という使役文に出てくる動詞と、「私は太郎に叱られた」という受動文に出てくる動詞は異なる形をしている(サセル形とラレル形)。しかしモンゴル語では、「私はバトに(誰かを)叱らせた」(「バト」は人名)という使役文でも、「私はバトに叱られた」という受動文でも、同じ形の動詞が使われる。前者(使役)はBi Bat-aar zagn-uul-san(私 バト-で 叱る-使役/受動-過去)で、後者(受動)はBi Bat-ad zagn-uul-san(私 バト-に 叱る-使役/受動-過去)である。両方ともzagnuulsanという動詞が文末に現れる(ただし、Bat「バト」につく格接辞は異なる)。言語調査について 筆者は、モンゴル語の母語話者との対面調査によって得られたデータを用いて研究をしている。日本にいるモンゴル語話者に協力をお願いする他、現地でも調査をする。「モンゴル」と言えば大草原をイメージするかもしれないが、上述のようにハルハ方言は首都のウランバートルを中心に話されており、調査のために草原に出向く必要はない。調査に協力してくれるモンゴル人はウランバートルで都市生活をしている人で、草原での放牧生活はしたことがない。 近年はインターネットの普及によりハルハ方言で書かれた記事を容易に閲覧できるため、上述のような対面調査をしなくてもデータの入手は実は可能である。しかし筆者にとって対面調査はとても重要な機会である。なぜならば「非文」の情報(このような表現をするとモンゴル語ではおかしい、という情報)はインターネットではなかなか拾えないからである。似たような意味を表す複数の語や文がどのように違うのかも、母語話者に直接聞いてみないと分からない。この対面調査で感じる楽しさが、ことばの研究を今まで続けてきた一因だと思う。モンゴル語はどのような点で「アルタイ的」なのだろうか? また他のアルタイ的な言語との違いは何だろうか?それらのいくつかを見てみよう。モンゴル語の「アルタイ的」な特徴梅谷博之 うめたに ひろゆき / 東京大学、AA研共同研究員ウランバートル中心部のビル(2011年8月)。ウランバートルの中心部では人々はマンションに居住している(2011年8月)。ウランバートル近郊ではかつては草原だったところでも開発が進み別荘などが建っている(2009年8月)。ウランバートルモンゴル*写真はすべて筆者撮影。

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