FIELD PLUS No.21
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5FIELDPLUS 2019 01 no.21どちらも「~ている」で表すが、ヘジェン語はそれらを別々の形式で表し分けている。それは、-mi bi-と-re bi-の二通りである。-miと-reは二つの動詞を結びつける連用形(~して)に当たる接辞で、大まかに-miは「~しながら」、-reは「~してから」と日本語に訳すことができる。bi-は「ある、いる」を意味する状態動詞である。以下では、bi-の三人称形birenを用いて例を提示する。「彼は走っている」は動詞bugdane-「走る」に-miが接続しbugdanemi birenとなるが、「彼は立っている」は動詞ili-「立つ」に-reが接続しilire birenとなる。これをilimi birenというと、「今立ちつつあるところだ」ということになる。このように、ヘジェン語の場合、「ある動作が行われている最中である」の「~ている」は、「-mi bi-」となり、「ある動作が終わってその結果の状態にある」の「~ている」は、「-re bi-」で表現する。 この対立は西日本方言の「しよる」/「しとる」、アイヌ語のkor an/wa an、朝鮮語の-go issda/-eo issdaなどに類似した用法でもある。衰退過程における言語変化 ヘジェン語が消滅していく過程において、次のようないくつかの変化が観察される。接辞の単純化 目的語に接続する「~を」を意味する接辞は-weと-meの二通りがあり、-weは母音で終わる語幹に後続し、-meは子音で終わる語幹に後続する。例えば、imaxa-we「魚を」、giucin-me「のろじかを」。しかし、80代より若い話者の発話において ツングース語族のヘジェン(赫哲)語はヘジェン人によって話される言語である。ヘジェン人は主に中国黒龍江省ジャムス(佳木斯)市、トンジャン(同江)市ジェジンコー(街津口)郷、バーチャー(八岔)郷、ラォホー(饶河)県スーパイ(四排)郷などに居住しており、人口は5354人(2010年の国勢調査による)、母語話者数は筆者の調査では5人以下である。話者年齢は70代以上で、皆中国語とのバイリンガルである。60代以下の人は中国語しか話せない。ヘジェン語は消滅の危機に瀕している無文字言語であり、言語データの記録・保存の緊急度は極めて高いと見られている。2つの「~ている」 ヘジェン語に日本語の「~ている」にあたる表現が2つある。日本語共通語の「~ている」には大きく2つの意味がある。例えば、「走っている」は走る動作が行われている最中であることを表しているが、「立っている」はある動作の最中というわけではない。立ち上がるという動作が終わって、その結果立ったままの状態になっているということを表している。日本語共通語では、は、-weと-meの区別が見られず、母音終わりの語でも子音終わりの語でも、-weが後続する。つまり2つあった異形態がなくなりつつあるのだ。 また、動詞語幹に文の主語の数と一致する人称接尾辞が後続されていたが、現在では、主語が複数である場合でも、文末には単数の人称接尾辞が使われることがしばしば見受けられる。接辞の欠如 60代の話者A氏の事例である。両親はともにヘジェン語母語話者だったが、本人は中国語を母語としている。A氏はヘジェン伝統文化の保存に熱心であるため、近年、80代の義理の母や文法書からヘジェン語を学習し、次第に村の若者や研究者にヘジェン語を教える機会も増えてきているという。ヘジェン語母語話者といえるかはさておき、氏のヘジェン語を聞いてみると、見事に格助詞や人称接尾辞などが欠如している。格助詞や接辞を持たない中国語の影響だと思われる。現在ヘジェン語が使用される場面 現在ヘジェン語が使用されるのは、古老たちの内緒話、メディアの取材、歌や叙事詩の伝承活動などの場面に限られる。その一方で、近年SNS上にコミュニティが作られ、250人ほどのヘジェン語学習愛好者のコミュニティができるなど、若者による自発的な学習活動も見られている。しかしながら、後10年も経たないうちにネイティブによる会話を聞くことは不可能になるだろう。できる限り現地に通い続けたいと思う。 消滅の危機に瀕するヘジェン語ついに母語話者が5人以下となったヘジェン語。この言語の文法構造の一端と衰退の過程でおきている言語変化について紹介したい。李 林静 り りんせい / 成蹊大学女児の魚皮上衣。昔は主に漁労、狩猟で生計を立てていたヘジェン人。魚の皮を柔らかくなめして服を作る技術も発達している。博物館や個人コレクターのために現在も魚皮衣が作られている。成人の上下セットで50万円~100万円と値が張る。2018年。ロシア中国バーチャージェジンコートンジャンアムール川スンガリ川ウスリー川ジャムスラォホー毎年お世話になっているもっとも流暢なヘジェン語話者の二人、何淑珍氏(中央、81歳)、尤文蘭氏(右、72歳)と筆者。尤氏は英雄叙事詩イマカンの伝承者として選ばれ、若い世代にヘジェン語を伝授している。2017年。ヘジェン人が暮す村の一つ、アムール沿いのジェジンコー(街津口)。山や川などの自然に恵まれ観光地として開発され、インフラが急ピッチで整えられている。2015年。*写真はすべて筆者撮影。

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