4FIELDPLUS 2019 01 no.21は分岐以前に変化した部分)がきれいに一致しているのを実際に現場で聞くと不思議な気分になる。しかし「系統関係にある」、とはこういうことなのだ。アルタイ諸言語の「アルタイ型」らしさ 私は日本語学も言語類型論も大好きなので、「日本語、って世界の言語全体からみると、どんなタイプの言語なのだろう?」、とか「アルタイ諸言語は日本語と似ているというけれど、どういう点が、どのくらい似ているんだろう?」ということをずっと考えてきた。やはりこれらが決め手かな、と思うのは、①日本語の「~して」「~したら」のような動詞の形がよく使われること、②名詞について「を」や「に」のような働きをする形式、つまり「格」があること、そして、③前の語が後ろの語を修飾する語順、である。いろいろなアルタイ諸言語を見てきたが、この3つがどれも当てはまらない言語というのは見たことがない。つまりはこれが「アルタイ型」言語の根幹ではないかと思う。もちろん、エウェン語もソロン語もこうした特徴を持っている。エウェン語の特徴 今回の調査で録音し分析できた話者の談話の中には、次のような最もおもしろい文があった。それは uksa-du ulsa-w-rin. と7000kmと数千年の時空間を超えた類似 この夏(2018年)私は、ロシア、中国、またロシアと、3ヶ所で現地調査をした。私の専門はアルタイ諸言語を構成する3つのグループの中でも「ツングース語族」と呼ばれるグループで、これはおよそ10ほどの言語からなるグループである。 3ヶ所のうちの2ヶ所で調査したのは、ロシアのカムチャツカで話されているエウェン語と、中国の内蒙古自治区北東部で話されているソロン語という言語だ。この2つの言語は、例えて言えば青森県と沖縄県の方言ぐらい大きく異なっているが、続けてこの2つの言語を調査すると、やはり近い親戚なのだなあと感じずにはいられない(図1参照)。地図で見てみると実に7000kmほども離れている上に、国も別々である。ところが moo「木」、adi「いくつ」、bisin「ある」、gələərən「探す」…と形も意味もほぼ同じ単語が使われている。形と意味のどちらかが少しだけ異なる単語も少なくない。両者はおそらく千年も二千年も前の先祖の時代に分かれ、大きく移動し、その後どちらもさまざまな変化を蒙こうむ ってきたのだろうが、変わっていない部分(もしくいう文で、文字通りには「雪崩-に雪崩-られ-た」と訳すことができる(太字部分-w が「~られ(た)」)。なんとこの言語は自動詞から受身文が作れるのである。日本語では「死ぬ」や「(雨が)降る」のような自動詞からでも、「彼は父親に死なれた」とか「雨に降られた」のような受身文を作ることができる。このような受身文は日本語以外の言語にはまずない、と言われている。たしかに私も他の言語では見たことがないが、エウェン語にはあるのだ。時間表現も豊富で、「~し始める」、「~したものだ」、「~している」、「急いで~する」…などが(もっとたくさんあるのだが)動詞の接尾辞で多様に示され得る。他方エウェン語には日本語と似てない点もいろいろある。「彼らはたくさんの魚をとった」のような文は、hooya-w olra-w maa-r.(文字通りには「たくさん-を 魚-を とった-彼ら」)のように表現される。修飾する語にも修飾される名詞と同じ格がつくのだ。動詞も主語の人称によって変化させなければならない。ソロン語の特徴 ソロン語で特筆しておきたいのは、「終助詞」だ。文の終わりに現れて「~よ」、「~ね」、「~じゃないか」、「~なんだよ」のような多様なニュアンスを示す。その中にはモンゴル語から借用したと思われるものもあれば、中国語から入ったと思われるものまである。ソロン語が話されているフルンボイル草原と言うところには、漢民族の他にもダグールやモンゴル、ブリヤートなどいろいろな人々がいる。中国語を除けば上記の人々の言語はみな「アルタイ型」の文法を持ったアルタイ諸言語であるため、語彙の違いさえクリアすれば互いの理解は容易である。しかも彼らの多くは街に出て来て同じ学校で学ぶ。そのために彼らの言語は互いにどんどん似通ってきたものと思われる。語彙を除けばその表現の仕方は細かいところまでよく似ているのだ。これはバルカン半島がその典型的な地域とされている「言語連合」の状況を示している。比較言語学が明らかにしてくれる分岐のプロセスもおもしろいが、その逆の相互影響による同化・収斂のプロセスもまた興味深い。 ロシアへ中国へ、「アルタイ型」言語の正体を探る日本語とよく似た言語との対照を通じて、「日本語みたいなタイプの言語」や「日本語らしさ」とはどのようなものなのかを考える。風間伸次郎 かざま しんじろう / 東京外国語大学、AA研共同研究員千島火山帯は北海道からカムチャツカへと続く。ゆえにカムチャツカには火山があり、地震もあるが温泉もある。内蒙古の夏の草原では「ナーダム」(祭り)が行われていた。種目は競馬や相撲だ。図1 ツングース語族の分岐エウェン語ソロン語エウェンキ語ネギダル語ヘジェン語オロチ語ウデヘ語ナーナイ語オルチャ語ウイルタ語満洲語*写真はすべて筆者撮影。カムチャツカ内蒙古自治区北東部ロシア中国
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