る言語」の多様性 アルタイ型言語の諸相 ロシア・ツンドラへネネツ語の調査に連れて行ってもらう際に冬用の伝統衣装を借りる私(松本)(松本亮撮影、2018年3月)。→p.93FIELDPLUS 2019 01 no.21 私たちが日常用いている日本語は、「特殊な言語」だと誤って主張されることがある。文の要となる述語が文末に位置し、主語がしばしば省略される。「~して、~して、~したら~して……」のように一文がだらだらと続く。語に「てにをは」といった付属的要素が接続することで他の語との関係を示す。修飾語句は常に被修飾語に先行し、関係詞を持たない。これらの特徴は、たしかに英語をはじめとするヨーロッパの主要な言語には見られない。しかし、これらの特徴を有することが「特殊」であるという根拠にはならない。同じような文法的特徴を有する言語も数多く存在するからだ。 上記のような特徴の束を、『言語学大辞典』では「アルタイ型」と名付けている。これは、ツングース語族(満洲語・エウェン語など)、モンゴル語族、チュルク語族(トルコ語・ウイグル語など)の3語族(に加え、しばしば日本語・琉球諸語からなる日琉語族や朝鮮語)を包括した、いわゆる「アルタイ諸言語」と呼ばれる言語群が共通してその特徴を有していることに由来する。上記3語族や朝鮮語、日琉語族が一つの祖語から分岐したという証明はなされていないが、文法的特徴を多く共有することは古くより注目されてきた。 ただし、こうした文法的特徴はアルタイ諸言語に固有のものというわけでもない。たとえばペルーで話されるケチュア語は、多くの点でアルタイ諸言語と似た特徴を共有する。本特集で紹介するウラル語族の少数言語ネネツ語や、パキスタンの山岳地域で話される系統関係不明のブルシャスキー語もいくつかの似た特徴を有する。「似ていること」は言語の系統や地域とは必ずしも関係ないのだ。 なぜ似ているのか、そして似ている一方でなぜ異なる特徴も有するのか、その謎を解き明かすためには現地で話者と対面しての体系的な調査が欠かせない。地道な調査で得られた成果の一端を、似て非なる多様な言語の姿を、各地の写真とともに感じてみよう。本特集は、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所の基幹研究の一つ、「多言語・多文化共生に向けた循環型の言語研究体制の構築」(LingDy3)プロジェクトが展開する共同利用・共同研究課題「『アルタイ型』言語に関する類型的研究」(2015~2017年度)の成果の一部です。責任編集 山越康裕中国・内蒙古自治区北部、フルンボイルの草原に立つブリヤートの女性(山越康裕撮影、2014年8月)。ブルショ人の祖母と孫(吉岡乾撮影、2014年)。→p.11
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