フィールドワーカーのブラジル川ナエルュジ川スリピ・スリテタパジョス川マト・グロッソ北部(ノルタゥン)ジュルエナ川の渡し船の航路マゾン植民は、①行政機関、②民間法人、③非公式な移住者に大別される当事者たちの複雑な利害の絡み合いの中で展開し、人間社会と自然環境の双方へ劇的な改変をもたらしてきた。なお、私が調査を通じて関わってきたのは主に③の人々である。 さて、建造物なども含めた人工物自体がわずかにしか存在せず、かつ自然環境が著しく荒廃したこの地域について、どんな「よりみちスポット」が紹介できるだろうかと考え込んでしまうところだが、以下ではノルタゥン北西部を流れるジュルエナ川について書いてみようと思う。この川は、アマゾン川の支流であるタパジョス川のさらに支流にあたるが、その総延長は960 kmにも及ぶ。アマゾンの諸河川の特徴を捉える際、①白い川、②黒い川、③青い川という類型が適用されるが、ジュルエナ川は③に相当する。それはこの川がブラジル中央高原を流れ、河川水への混入成分が希薄で透明度が高いことによる。 私がジュルエナ川へと幾度か「よりみち」することになったのは、ノルタゥン北西部の調査地への移動途中、この川の対岸に渡る必要があったからだ。渡河では車両などを載せた「筏」(balsa)が渡し船によって曳かれる。アマゾンの諸河川には、イガラペー(igarapé)と呼ばれる水域が発達する。それは河岸沿いに無数に形成された帯状の島と、その間を縫うように流れる小河川からなる。河岸や島には熱帯雨林が繁茂し、そこは水域との組み合わせで、豊かな生物相を育む。筏はイガラペーの間を縫うように、対岸へと至る4 kmの行程を1時間ほどかけて進む。鬱蒼と茂る河畔林に目を向けながら、澄んだ緩やかな水流の上を進む航行は、それに先立つ自動車での土埃にまみれた長旅との鮮やかな対照をなしていた。それは同時に、私にとってノルタゥンの原生景観と出会える貴重な機会でもあった。 ジュルエナ川流域を含めたノルタゥン北西部では、国立公園や先住民居住区といった「自然保護区」の面積が高い割合を占める。北西部の自然環境が比較的良好に保たれてきたのは、ひとえに、そこが同州の最奥部に位置し、植民の影響が相対的に低く抑えられてきたことによる。一方、ブラジル政府は、2022年までにタパジョス川水系だけでも43の大規模ダムの建設計画を掲げている。ダム建設は水面上昇によって流域の保護区の一部を水没させると同時に、水圏環境を分断し水生生物の生態を撹乱する問題と隣り合わせである。今日の人間活動がこの流域をどのように造り替えていくのかは、アマゾン全体のさほど遠くない未来の姿を映し出す鏡となるはずだ。 アマゾンの一角で土地の占有を通じて所有地の獲得を目指す人々について、私は人類学的な調査を続けてきた。私のフィールドは、ブラジル、マト・グロッソ州の北部、現地では「ノルタゥン」(Nortão)と呼ばれる地域である。「巨大な北部」という意味の地名が付されたこの地域は、日本のおよそ1.3倍の面積を持つ。また、植民の歴史が浅く、人口が83万人あまりと稀薄で、インフラが未発達であることは、その巨大さをさらに助長する。 ノルタゥンでは、南から北にかけて、森林性サヴァンナ、熱帯季節林、熱帯雨林へと植生の移行が見られ、この地域の自然環境の多様性と生態学的な貴重性を物語っている。しかし、アマゾン植民の前線地帯に位置してきたことにより、こうした森林の大部分はすでに消失し、大豆畑や牧草地が延々と広がる景観へと転換されている。アジュルエナ川右岸の渡し場に到着した筏に車両が乗り込む(筆者撮影)。イガラペーと熱帯雨林(筆者撮影)。2019 01 no. 21[発行]東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所〒183-8534 東京都府中市朝日町3-11-1 電話042-330-5600 FAX 042-330-5610定価 : 本体476円+税[発売]東京外国語大学出版会電話042-330-5559 FAX 042-330-5199FieldPLUSフィールドプラス後藤健志ごとう たけし / AA研ジュニア・フェローアマゾン植民研究から一呼吸ジュルエナ川の渡し船
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