26FIELDPLUS 2019 01 no.21しすべての家屋に致命的な損傷があったわけではなく、避難先としては使われなかった。物流網も途絶えずスーパーが営業していたことから食糧難も発生しなかったらしく、予想は外れた。ただし中心市街地は壊滅し、人々の精神的なショックが大きかったようである。これに対し、ガーデンの活動は地震後も通常通り続き、いつも通りの人たちといつも通りに会える、そして地震の体験を話し合って共有できるということが来園者の精神的な支えとなっていたことがインタビューから明らかになった。来園記録からも、もっとも大きな地震の半年後に人が多く来ていたことがわかった。真冬に当たる時期に例年に比べ多くの人が来ていたという事実は、復興初期の混乱の時期に多くの人々がガーデンを訪れ、気持ちの安定を得ていたことを示唆している。みながよりよく生きる手段としての「農」 以上のように、多様な社会的意義をもつコミュニティガーデンを調べ続けている。ただし、どの意義も、必ずしも都市内農園でなければ担えないものではない。それでも「農」に着目する理由を述べたい。雑草取りなど、ささやかな作業でも自分のしたことに対して、植物は成長したり枯れたりと確かに反応してくれる。こうした小さいけれども確実な達成感は、高度に技術が進歩し複雑化した社会のなかで、素朴な喜びを与えてくれる。そして、誰でも取り組める「農」の活動をきっかけに、知らなかった人とも話のタネができる。職業や生い立ちなど、自分の社会的背景とは関係なくどんな人でも受け入れてくれる土壌が都市内農園にはあるのである。ネットの普及で画面越しのコミュニケーションに常に追われる世界で、実体のあるものにゆっくりと触れる時間をとることは重要になっていくのではないか。そしてそういった活動が社会的にも貢献するのであれば一石二鳥である。ウィーンのクラインガルテンや各国のコミュニティガーデンで生き生きと時を過ごし、活動する人々の姿は、私たちにどう生きるか、どういった社会を描くのかということについて、大きな示唆を与えてくれるのである。 ニュージーランド・クライストチャーチ市で地震の被害が大きかったニューブライトン地区にあるコミュニティガーデン。毎回作業日にみなで昼食を楽しむほか、特に月1回は色々な料理を持ち寄り、しっかりとランチを楽しむシェアド・ランチ(Shared Lunch)の日が設けられている。地震後も休まず活動が続けられてきた。毎回テーブルに並ぶ、とれたての野菜で作ったサラダはとてもおいしい。ドイツ・ハノーファー市の多文化共生ガーデン。移民が多く住む集合住宅地にあるガレージの屋上につくられている。写真で笑顔を見せるイランの男性は完璧なドイツ語は話せないが、同郷の仲間たちと楽しく野菜を育て、時にパーティーを楽しんでいる。日本東京 ニュージーランドクライストチャーチドイツ ベルリンハノーファーミュンヘン オーストリアウィーン
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