22FIELDPLUS 2019 01 no.21す。ハマル族の人々は、他の民族の人々と会話をするときはピジン・ハマル語を使用し、近年では警察など公的な仕事に就いた人々もこれを用いていたそうです。しかし、研究者の間でピジン・ハマル語の存在はほとんど知られておらず、およそ40年前に書かれた論文でわずかに言及されていただけでした。 おそらくジンカの中年男性は、外国人である私のために外国人向けの言葉を、すなわちピジン・ハマル語を教えてくれたのでしょう。しかし、ハマル族の青年に通じなかったという事実は、ピジン・ハマル語が忘れ去られつつあることを意味しています。南オモ県でも国家公用語であるアムハラ語の教育が進んでいる現在、地域限定の共通語であったピジン・ハマル語はその役割を終えたのかもしれません。「ハマルの言葉」の実態を求めて ハマル族は比較的広い地域に住んでいるため、ハマル語には方言差があると考えられますが、まだ十分なデータがありません。方言について人々に尋ねると、「いや、ハマル族なら同じ言葉を話している」と答えます。実際には、かすかな言葉の違いで出身地を把握しているようですが、それは無意識に行われているので、私が質問すると不思議そうな顔をします。 一方で、周辺に住むバンナ族やカラ族も「ハマル語を話せる」と言います。事実、ハマル語、バンナ語、カラ語は方言と呼べるほど近い関係にあり、互いにほぼ完璧な意思の疎通ができます。にもかかわらず、ハマル族はバンナ語、カラ語を「似ているが異なる言葉」と認識しており、バンナ族、カラ族の人々も自分たちの言葉とハマル語の違いを知っています。 言語と方言の間に明確な線を引くことはできません。しかし、彼らにとってはハマル族の話しているものが「ハマルの言葉(ハマル・アフォ)」であり、バンナ族の話しているものが「バンナの言葉(バンナ・アフォ)」なのです。そうした線引きによって、はじめて人々は言葉の違いを意識します。逆に、「ハマルの言葉」というラベルを付けられたものは、その裏に多様な言語実態が存在しているにもかかわらず、言葉の違いが話者の意識に上ることはありません。 言語学者として私が知りたいのは、「ハマルの言葉」の裏にある多様な言語実態です。実際、毎回の調査で得られる言語データは少しずつ違っていますが、それらのデータを重ね合わせれば、重なりの濃い部分と、薄い部分とが見えてくるでしょう。「典型的なハマル語」と呼べるものがあるとすれば、最も重なりの濃い部分を集めたものになるかもしれません。こうした濃淡のパターンは、1度の調査で得られるデータだけでは決して見えてきません。何度も調査を繰り返し、言語データを蓄積していくことで、ようやく見えてくるものなのです。 ピジン・ハマル語? ある年の調査でのこと。前年の調査で得たハマル語の文法項目を確認しようと思い、上述したハマル族の青年に例文を1つ1つ確認したところ、青年は何度も首をひねっています。中には「それはハマル語ではない」と言われた例文さえありました。その例文は、長らく県都ジンカに住んでいたとは言え、やはりハマル族の出身の中年男性から教えてもらったものです。なぜこの青年には通じないのでしょうか。 後になって判明したことですが、ジンカの中年男性に教えてもらった例文には、ピジン・ハマル語が混ざっていました。ピジンとは言語学の用語で、異なる母語を持つ人々が必要に迫られて、どちらかの(あるいは両方の)母語を簡略化して作った共通語のことでバンナ族の男性。ツァマイ族の兄妹。
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