21FIELDPLUS 2019 01 no.21町ディマカやトゥルミへ行くには、さらに100km近くを移動しなければなりません。調査のための機材に加え、着替えや予備の食料、飲み水を詰め込んだ30kg近いリュックを背負っての移動です。 運転手付きの自動車を借りられれば良いのですが、近年は観光客が増え、料金が高騰しています。安全をとるかお金をとるか、今の懐具合なら何日滞在できそうかを、収支簿とにらめっこしながら予定を組み直す毎日。途中の橋が落ちたり、民族間の抗争で道が塞がれたりすることもあるので、予定には余裕を持たせなければなりません。無事に帰国するまでがフィールドワークです。大騒ぎの語彙調査 私がハマル語の調査を開始したとき、まずAA研が発行している『アジア・アフリカ言語調査票』を頼りに、基礎的な語彙の聞き取り調査を行いました。 ある日、牛飼いの仕事を終えて丘の斜面に寝そべっている男の子に、動物の名前を聞いてみました。「牛」はワーキ、「やぎ」はクリ、「羊」はヤーティ、「ろば」はウクリ……では、「象」は? 男の子の口がぴたっと止まりました。何気ない語であっても、改めて問われると出てこないものです。男の子は突然立ち上がり、村へ駆けて行き、大人たちに「象」の言い方を尋ねました。ところが、その場にいた大人たちも「象」の語を思い出せない様子。村中が大騒ぎになった末に、男の子が笑顔で「グルグル!」と答えてくれました。 しかし、後に分かったことですが、それは間違った答えでした。正しい「象」はドンガルであり、グルグルは「わに」を意味するものです。グルグルとドンガル、何となく響きが似ていて間違えやすそうな語ではあります。日本でも昔、キリギリスと言えば今の「こおろぎ」の意味だったそうですが、人の頭の中にある語というのは、しばしば中身が入れ替わってしまうようです。「尾」に注意! 聞き取り調査の結果は何度もチェックする必要があります。しかし、相手にしつこく聞くことも厳禁です。相手が「分からない」「忘れてしまった」とは言えず、間違った答えをひねり出してしまうこともあるからです。 ある日、ハマル族ではありませんが、ハマル族の地域に長く住んでいた青年を相手に語彙調査を行いました。動物などの「尾」を意味する語として、彼は一瞬悩んだ後、サーマと教えてくれました。別の日、ハマル族の青年の協力を得て語彙のチェックをしていたところ、サーマと聞いた青年が吹き出し、大笑いしました。それは男性器を意味するものだったのです。「尾」を意味する正しい語はドゥブナでした。 あの青年は「尾」を意味する語を思い出せず、とっさに別の語を思い浮かべたのでしょうか。それとも、ただ私をからかっただけなのでしょうか。結局のところ、フィールドワークの成否は「お互い正直になる」ということにかかっています。良い人間関係を築き上げることがフィールドワークの醍醐味であり、難しさでもあります。*写真はすべて筆者撮影。ハマル族のマーケットにて。ハマル族のマーケットに来たマアレ族の女性(中央)。ハマル族の女の子。
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