FIELD PLUS No.21
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10FIELDPLUS 2019 01 no.21住民の領域に入ってくる。またアマゾン先住民は農業の他に狩猟採集も行うことが多いが、ケチュアをはじめとするアンデス先住民は狩猟採集はほとんど行わず、農業に大きく依存している。類型論的な類似性 ケチュア諸語は膠こう着ちゃく的で、動詞や名詞に様々な接尾辞が付く。たとえば日本語で「昨日はごちそうをたらふく食べさせられた」というとき、「食べさせられた」は1つの語だが、「食べ-させ-られ-た」のように「食べる」という動詞の語幹に使役・受動・過去(完了)を表す接尾辞が付いている。ケチュア諸語でも似たようなことがある。mikhu-chi-ra-niは「私は食べさせた」という1つの語で、mikhu-「食べる」という動詞の語幹に使役を表す -chiと過去を表す -raが付いている。英語であれば、使役はmakeやletなどの動詞を使った構文で統語的に(語と語を組み合わせて)表される。受動も統語的に表される。アルタイ型言語では、他の言語で統語的に表されるような意味が形態的に(語の中の接辞で)表されることが多いが、ケチュア諸語でも同じようなことがある。一方、mikhu-chi-ra-niの -niは主語が1人称であることを表しているが、日本語にはこのような人称を表す接辞はない。また、日本語ではいわゆる「てにをは」によって動詞と名詞との意味的な関係を表すが、ケチュア諸語でも似たよアンデス先住民の生活 ケチュア諸語を話す人々は、南米大陸のコロンビアからアルゼンチンにまたがる広大な地域の、主に高地(アンデス高地)に住んでいる。生業はジャガイモやトウモロコシなどの農業や牧畜である。ところで一口にアンデス高地と言っても、高度によって生活は少しずつ異なる。たとえば、高度3,000m以下の寒さが厳しくない地域はトウモロコシの生産に適している。ジャガイモはトウモロコシよりも冷涼な気候に適しているが、さらに高度が高い地域ではキヌアが栽培される。アルパカやリャマは寒さに強い動物で、高地での生活に耐える。そしてほぼどこの家庭でもクイ(モルモット)が飼育されている。高度2,000m以下の温暖な気候になるとキャッサバの栽培が行われるようになるが、こうなるとアマゾン先うなことがある。tayta-ta「父を」、tayta-man「父に」、tayta-wan「父と」、qusqu-pi「クスコで」、qusqu-manta「クスコから」のように、名詞にさまざまな格接尾辞が付く。動詞の構造 いわゆるヨーロッパ型の言語では、主節であっても従属節であっても動詞の形が変わらないことが多い(厳密にいえば直説法に対する接続法といった法の区別はある)が、アルタイ型言語では従属節中の動詞は主節の動詞とは形が異なる。日本語の「食べる」という動詞を例に考えてみよう。終止形の「食べる」に対して、「食べて」「食べながら」「食べつつ」「食べれば」などの形があるが、これらはすべて従属節にしか現れず、文を終えることができない。日本語以外のアルタイ型言語でも似たようなことがあるし、ケチュア諸語でも似たようなことがある。動詞は文の中でもっとも重要な要素であるが、動詞の性質がヨーロッパ型の言語とアルタイ型の言語とで大きく異なるということは、言語理論を考える上でとても重要なことであると私は考えていて、特に動詞のこのような性質に注目して研究を行なっている。アイマラ語の影響 ケチュア諸語はアルタイ型言語に類型的によく似ているが、隣接するアイマラ語の影響を大きく受けているといわれている。アルタイ型言語が似た特徴を示す理由(の少なくとも一つ)として、言語同士の接触があったと考えられるが、南米においても似たようなことがあったのである。ケチュア諸語は、アイマラ語と接触する前にはもう少し単純な構造をしていたとも考えられている。言語接触によって言語の類型(タイプ)がどのような影響を被るのかということも、興味深いテーマであるかもしれない。 日本語と類型的に似た言語はアジアにだけ分布しているわけではない。南米先住民語最大の語族であるケチュア諸語は、どのような言語だろうか。またケチュア諸語を話す人たちは、どのような生活をしているのだろうか。南米の「アルタイ型言語」——ケチュア諸語蝦名大助 えびな だいすけ / 神戸山手大学幼稚園に通う子どもたち。*写真はすべて筆者撮影。ケチュア諸語分布域織物の伝統的な織り方。アルパカの群れ。

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