フィールドプラス no.20
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2004年の上海、浦東地区を望む写真。現在と比べると、いかに上海が発展してきたかは一目瞭然だ。にもかかわらず、中国内で生まれ、中国人の父を持つためか、外国人とはみなされず外国籍の居住者が必要であるはずの居留許可(ビザ)を取得できなかったという。 国際結婚の家庭では複数の文化に接して育つ子どもの教育が大きな問題となっていた。中国人の夫が日本から上海に企業派遣されている場合、日本への帰国を前提に日本人学校を選ぶことが多い。他方、生活基盤は中国にあっても、競争の激しい中国の教育を避けるため、あるいは、日本人の母親が子どもの家庭学習の面倒をみるために日本人学校を選ぶ者も多く、Aさんはその一人だった。しかし日本人学校は入学条件に日本国籍と中国での居留許可をあげており、日本国籍ではあるが居留許可を持っていないAさんの子どもは入学に手間取った。Aさんはこの事実上の「二重国籍」状態を解消したいと関係部署に問い合わせたが、子どもが日本に居住する必要があると言われ、うまくいかなかった。Aさんは「日本も中国も国籍は一つというのが決まり。実際に日本国籍だけを持っているのに、なぜ居留許可が取れないのか分からない」と話していた。 日本語を使わない香港人の夫と上海に住むBさんは、子どもをインターナショナルスクールに通わせ、上の子どもをオーストラリアで大学進学させたが、子どもたちには常に日本語で話していた。これは地域により発音に多様性がある中国語や英語と比べ、「島国の日本語の場合、ネイティブスピーカーではないと、日本人としては受け入れてもらえない」と考えていたためである。子どもが将来どこに住むのかは分から日本に住む中国出身の子どもたち 日中間の人の移動は双方向に増加しているが、中国から日本への移動人数の方がずっと多く、留学や就職、結婚、技能実習など滞在資格や目的も多様である。当然中国からやってきて日本で暮らす子どもも増えている。 日本には中国人留学生がたくさんいるが、中には家族の移住に伴って来日した中国出身の学生もいる。両親とも中国人の家庭で生まれたCさんは、10歳の頃母親が研修生として単身日本にわたり、中国にいるCさんと父親の生活を経済的に支えていたが、Cさんは「ずっとお母さんの服を着て寝ていた、お母さんの匂いだって」と母のいない寂しさに耐えていたと話す。その後、母親は父とは離婚し、日本人男性と結婚した。高校時代には勉強のプレッシャーもあって塞ぎ込むようになり、心配した母が日本に呼び寄せ、日本で大学に進学したのだという。 父方の祖母が満州開拓による中国残留婦人だったDさんは、小学校高学年の時に家族で来日した。初めは全く日本語ができなかったが、週2回来てくれる中国語通訳の助けで日本語を覚え、学校になじんでいった。友人に恵まれたというDさんも、家族と学校との間でアイデンティティに悩んだ。「例えば親に学校でこんなことがあったとか、友達のことなど説明するのが本当に大変だった。中国語で何て言ったらいいんやろうって、もういいや、わからなくてとないが、「将来的にどの道で行くのか、選択が多ければ多いほどいい」と考えていた。様々な店から食事の出前をとれる宅配サービスも急速に普及し、上海の便利さを象徴している。昼時には、注文が来そうな店の前にバイク便の若者が集まっている。かなっちゃいましたね」。また思ったことをはっきり伝える中国の文化に対する違和感を友人から告げられ、「自分の性格を押し殺して出さないようにして周りになじむ、その努力をずっとしてた」ために、高校の頃には本当の自分がわからなくなってしまったという。しかし大学進学後、アメリカ留学を経験したDさんは、日本人も皆に合わせるばかりではないことに気づき、中国や台湾からの留学生とも親交を結ぶ中で、自分が持つ複数の文化を受け入れられるようになった。 上海での調査でも、元々は中国にルーツを持ち、子ども時代に日本に移った人に出会った。小学校の時家族で来日したEさんは、大学時代に中国に留学し、卒業後は上海で働いている。現在の仕事は「日中の架け橋になりたい」という希望に沿ったものだという。日中バイリンガルの男性と結婚したEさんは、今後子どもを持ったら2言語を身につけてもらいたいが、幼いときに来日し、中国語を話せない弟を見ていると難しさも感じると語っていた。 これらの事例は国境を越える子どもやその家族のごく一部に過ぎない。国際移動が活発になっても、依然として1つの国に属することを標準モデルとする日本や中国では、複数の文化を持つ人々は周囲の標準とは異なっていることに葛藤を抱えていた。その中で、自分の持つ可能性を広げようとする力を持ち、さらに移動していく人々の経験は、移動のダイナミクスを直視し、固定的な国のあり方を問い直していく契機になるだろう。2018年の上海、外灘から浦東を望む。2004年の写真とは角度が違い、単純な比較はできないが、高層ビルの増加は著しい。7

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