SULPdleF東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所[発行]. 201807no20FeldPLUS i i 〒183-8534東京都府中市朝日町3-11-1 電話042-330-5600 FAX042-330-5610フィールドプラス電電話話004422--333300--55555599 FFAAXX004422--333300--55119999 :: 山から持ち帰ったシナの内皮に木灰を入れて煮ている様子。最近は木灰が手に入らないので苛性ソーダを使うことも多い。煮る以外に沼や温泉に内皮を浸してやわらかくする方法もある。煮た内皮を水洗いした後、竿にかけて乾燥させている川奈野夫妻。木灰で煮たものは茶色(右)、苛性ソーダで煮たものは白っぽい(左)。博物館で展示されている底が萎んだヨロプイ(尻の穴)のあるサラニプ。 アイヌの人たちが多く住む北海道平びら取とり町ちょうで、2006年から調査を行ってきた。現代のアイヌの人たちの生活様式は他の多くの日本人とほぼ変わらないが、私が常々お世話になっている川かわ奈な野の一信・元子ご夫妻の日常にはたくさんのアイヌ文化が根付いている。なかでも元子さんが家事の合間におこなっている機織りや刺繍はとても魅力的である。ここで紹介するシナの樹皮から作られるサラニプは何気ない編み袋だが、私にとってはアイヌ文化への関心を高めるきっかけをくれた大事なものなのである。 サラニプはかつて山や川へ出かける時、道具類を入れたり山菜を持ち帰ったりするために昔から使われていた。博物館では伝統的モノ資料として展示されることが多いので、既に使われなくなったものだと思い込んでいたが、川奈野家に長期滞在するようになり、元子さんの母ハル子さんが35年前に作ったサラニプを一信さんが今も普段使いのバッグとして使っていることを知った。中には、ペットボトルや財布、アイヌ語教室の教材などが入れられていて昔と用途は異なるが、長く使い込んだシナ皮は滑らかさが増していい味が出ている。数年前、東京の街中で一信さんがサラニプを肩にかけて歩いていると、「おじさん、そのバッグかっこいいね!」と若者が声を掛けてきたそうだ。そんな話を聞いて私はますますアイヌの手仕事に魅了されていった。 樹皮からサラニプを作るには、まず山に行ってシナの木の生皮をはぎ、その場で外皮をはがして内皮だけを持ち帰る。そして大きな釜に内皮と木灰を入れてやわらかくなるまで煮込み、水にさらして1週間ほど乾燥させる。その後、乾燥させた内皮を再び水につけると幾層にも重なっている皮が1枚ずつはがれてくる。さらにそれを縦に細く裂いて糸を作り、イテセニと呼ばれる編み機を使って編み上げてゆく。一度煮て乾燥させた内皮は何年でも保存できるので、この乾燥内皮さえあれば丸二日ほどで編み上げることができる。 ある日、聞き取り調査を終えて川奈野家に帰ってみると、元子さんがイテセニを出して急いでサラニプを編み始めていた。一晩かけてようやく出来上がったのだが、それはなんと調査を終えて横浜に戻る私への贈り物だった。いま私はパソコンを持ち運ぶのに使っている。ヨロプイ=底の萎しぼみ(アイヌ語では尻の穴の意)のない二つ折りの形なので、パソコンを入れるのにピッタ リなのだ。ハル子さんはかつて観光地で働いた経験があり、観光みやげ用にヨロプイのない小型のポンサラニプを作って販売していたという。私のサラニプはこの観光みやげの形状が基になっているのだが、当時のものよりも一回り大きいサイズに仕上げられている。さらに素材にはハル子さんが手元に残していた30年以上も前のシナ皮が使われたオリジナルな一品なのだ。アイヌ文化の衰退が著しかった昭和期に、幸いにも母から娘へと継承された生活技術。彼女らの想いが詰まったサラニプを私はこれからも大切に使い続け、アイヌ文化に資する研究ができればと切に思う。東東京京外外国国語語大大学学出出版版会会北海道札幌石狩川支笏湖元子さんが私のために作ってくれたサラニプ。薪ストーブのそばで、手仕事をする元子さんとたくさんおしゃべりしたことを思い出す。イテセニ(編み機)。一本の糸に対して二つのピッ(錘おもり石)が吊り下げられている。一つ一つのピッを前後に振りかえて内皮をからませながら編んでゆく。沙流川[[発発売売]]定定価価本本体体447766円円++税税吉本裕子よしもと ゆうこ横浜市立大学客員研究員、慶応義塾大学非常勤講師平取町
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