フィールドプラス no.20
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目の質問に対する話者からの回答にとどまらない。例えば次回の調査で調べたい(あるいは調べるべき)研究テーマのアイデアや、資料をいつ、どこで、誰から得たのか(つまりデータのデータ。これをメタデータと言う)も大事な記録だ。また文字で書き留めるばかりが記録ではない。写真や動画、音声などもその言語を理解する上で重要な資料になりうる。たとえば写真4はある母音を調音するときの唇の形状を撮影したものである。紙のノートで感じた面倒さ フィールド調査を始めた頃は、すべての記録に紙のノートを使っていた(写真5)。  ノートは役割によって使い分けていた。教科によってノートを使い分けることを想定してもらうとイメージしやすいかもしれない。調査中に使うノート、調査データを整理・分析するためのノート、日誌、アイデアを書き留めるメモ帳など、一度の調査に数冊のノートを持って行くようにしていた。  ところが何度かフィールドを経験するうちに、紙のノートでは面倒が生じてくるようになった。一番の問題は内容の管理である。何回か調査に行くようになると、以前に調べたことを見返したいと思うタイミング写真4 唇の形状から、母音の調音的な特徴を読み取ることができる。写真5 フィールドワークを始めた頃は、役割によってノートを使い分けていた。写真6 Evernoteというメモアプリを愛用している。テキストだけでなく、音声や画像も1つのノートにまとめておくことができる。 デジタルツールのノート術 紙のノートでは、欲しい情報に辿り着くのが難しく、またすべての記録を一度に持ち運ぶことが不可能に近い。その問題を解決するきっかけを作ったのはスマートフォン(スマホ)のメモツールだった(写真6)。はじめは研究アイデアをメモする程度だったが、調査票の項目の作成や論文の構成メモなど、それまで紙ベースでおこなっていた記録をいつの間にかスマホやタブレット、ノートパソコンなどのデジタルツールでおこなうようになっていった。  スマホのメモツールを使い始めて便利だと感じたのは、様々な種類のデータを一括で管理できることだ。つまりテキスト(文字情報)はもちろんのこと、写真、動画、音声なども同じメモツールに記録していくことができる。さらに写真に注釈(メが必ず訪れる。しかし目的のことが書いてあるノートがいつのどのノートなのかが紙のノートでは探しにくい。さらに、見返したいと思ったのが研究室にいる時であればまだいいが、調査地ではかなりの困難を伴う。それまでに書き溜めたノートをすべて持っていけば可能かもしれないが、そんなことをしていては調査に行くたびに持ち込むノートが増えてしまうことになる。写真7 研究アイデアのメモの例。矢印などでキーワードをつないだり、ペンの色を変えたりできる自由さが紙のノートの強み。紙のノートの優れた点とは スマホのメモツールを使うようになってから、もう5~6年は経っただろう。これまでに様々なやり方を試しては最上のノートシステムを構築しようと努めてきた。しかしいまだに満足のいくシステムは出来上がっていない。  私の前に立ちはだかる最大の壁は「考えるために書く」場合のノートのデジタル化だった。ノートには、調査で見聞きしたことや先行研究の論文を読んで知ったこと、調査データの分析に関することなどを集めておくという機能もあるが、同時に集められたそれらの情報を統合し、新しい事実を見つけるために思考を整理するという機能もある。前者はススマホでも代用ができたのだが、後者をスマホでおこなうのは私には無理だった。  なぜ後者の機能はスマホで置き換えられなかったのか。それはスマホよりも紙の方が自由度が高いことが大きな原因であるようだ。思考の整理をおこなうとき、私は集められた断片的な情報をキーワードにして書き並べ、それらを線で繋いだり、囲んだりすることが多い(写真7)。テキストをベタ打ちするやり方では、このような作業に不向きだ。またイラストや図表を入れるのもすぐにできる。ペンを持ち替えて線の色を変えることも簡単だ。  紙にはデジタルツールにはない良さがある。研究に関わる記録のすべてを無理にデジタルに一元化することはもうやめて、紙のノートとデジタルツールの両方をうまく使い分けていこう、と最近では思い始めているが、「画期的なシステム」をまだ諦めきれないでいる。タデータやコメント)を付けることもできる。  しかもスマホは何と言っても持ち運びが楽である。手のひらに収まるサイズにこれまでのすべての記録を溜めておくことが可能だ。ノートを見返したいと思ったらいつでもどこでも(それがたとえ外出中であっても)閲覧・編集ができる。  さらに便利なのが検索機能である。欲しい情報がどの記録にあるかわからなくても、キーワードを入力して検索をかければ、関連するノートをすぐ引き出すことができる。  スマホのメモツールの便利さに気づいた私は、もしこれまで紙ベースでおこなっていたすべての記録をスマホベースに切り替えることができれば、研究に関するあらゆる記録をいつでもどこでも検索・閲覧・編集ができる画期的なノートのシステムが出来上がると考えた。 31

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