フィールドプラス no.20
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イラン・ゲシュム島ではマスクの形が各村で異なる。金の装飾がされたマスクは、着用者の父親もしくは結婚相手が経済的に豊かであり、縁談に恵まれたことも意味する。マスク職人の手。金色のマスクを触ると藍色のシミが残る。水で洗ってもなかなか落ちない。イラン・ミナブの木曜市。様々な色のマスクを売っている。地図に載っていない、このような集落の女性たちにも聞き取りをする(オマーン)。彼女たちを守るために、髭を模かたっどたフェイスマスクを用いたのが始まりだと言われている。これは、遠方にいる兵士たちに、フェイスマスクを被った女性たちを髭の生えた男性と見間違えさせることによって、彼女たちから遠ざける作戦であったという。その後、同種のマスクは人々の移動や物流によって対岸のアラビア半島、さらには東アフリカに伝わり、個々の地域に順応しながら独自の発展を遂げていった。 ペルシャ湾岸地域のフェイスマスクの特徴としては、厚めの生地で作られていること、そしてマスクの形を保ち、呼吸しやすくするために鼻の部分が突起していることが挙げられる。現在でも使用されているフェイスマスクは、地域ごとに大きく3つに分けられる。つまり、1)ペルシャ湾岸両側で主に着用されている、インディゴ着色のコットン生地の表面を金色で加工してあるマスク、2)南部イランの主にバルーチ人たちが着用している、様々な色の綿糸で作られているマスク、3)オマーンの内陸部または南部で主に着用されている、黒いポリエステル生地で作られているマスクである。 また、マスクの大きさ、形、色、模様、装飾が、着用者の出身地、年齢、子供の数、民族的背景、宗派、経済的・社会的地位を示す重要な役割を担っているため、基本的には個々人の顔の大きさや要望に合わせて、フェイスマスクは着用者本人や職人の手によって手作りされる。なぜフェイスマスクを着用するのか マスクを着用する理由は人それぞれである。この地域の女性たちは宗派は違えど、皆イスラム教徒であるが、実際にフェイスマスク着用の理由に宗教を挙げる人は少ない。多くの女性は、初潮を迎える12歳前後、もしくは婚姻後にマスクを着用するという、地域に根付く伝統に従ったのが着用の理由だと言う。これは同時に、着用者が少女から女性(妊娠可能期)に、未婚者から既婚者になったということをコミュニティー内に知らせる役割を担ってきたことを意味する。例えば、南部イランのミナブという町周辺のバルーチ人の住む村々では、この慣習は未だ残っており、初潮を迎えた少女たちは黒や茶色の暗い色のフェイスマスクを、そして婚姻後は赤やオレンジといった鮮やかな色のフェイスマスクを着用する。また、花嫁は結婚式当日から数日、純金の装飾をマスクの両側に施した特別なものを着用したりする。 イスラム教徒のヴェールやフェイスマスクは「顔を覆うモノ」として、身元(または正体)を隠すという、女性蔑視・軽視のネガティブな側面が強調されがちだが、現地の気候に適応した実用的且つ女性の美を象徴するモノとしての役割も持ち合わせている。湾岸地域のような、夏には気温が50度を超す日差しの強い場所では、単純に肌を守るだけではなく、「白い肌」を保つ機能も有している。例えば、金色のフェイスマスクは着用すると、顔の表面に藍色のシミを残す。このフェイスマスクから染み出る染料は昔から美白効果があるとされ、結婚式前の新婦は、マスクの生地を水で湿らせ、出てきたインディゴ染料を顔全体に塗って美肌にしようとするなど、実用面から重宝されてきた。また、マスクの大きさは、年齢が増すにつれて大きくなるのが一般的であるが、その理由として、加齢によるシミやシワ、抜けた歯の部分を隠し、目に視線を集めることで、外見的美を保つ役割が挙げられる。しかしながら、ここ数年は年配の女性であっても、ほとんど顔を隠さないタイプのフェイスマスクを意図的に選択し、着用していることが増えている。これらの女性は、自分の肌や歯が健康で綺麗であることを周囲に見せるためだけでなく、「若くいたい」という彼女たちなりの自己表現の一環だと話す。 また、伝統的にフェイスマスクを着用してきた世代の女性の中には、マスクが身体の一部であると感じている人たちもいる。基本的に、フェイスマスクを着用し始めた女性たちは一生涯にわたり日常的にマスクを被って生活する。祈りと睡眠の時、そして夫や息子、女性の前ではマスクを外してよいとされているが、実際には子供や孫たちの前で一度も素顔を見せたことのない女性もいる。そのような女性たちに話を聞くと、「恥ずかしいから」「ブルカなしでは裸になったよう」と、はにかみながら答えてくれることがほとんどだ。そして彼女たちの親族にとっては、「ブルカを被った顔」が彼女たちの「本当の顔」なのだ。フェイスマスクとの関わり合いの変化 近年、近代化やグローバル化に伴い、若い世代の女性たちが日常的にフェイスマスクを着用することは少なくなっている。一方で、フェイスマスクを自分のアイデンティティの一部とみなし、結婚式や特別なイベントの際にクリスタルなどでアレンジしたフェイスマスクを被ることで伝統を残そうとする動きもみられる。また観光客へのお土産用に、フェイスマスクをモチーフにした小物も手作りされ、これらは南部イランの女性たちの重要な収入源になっている。このようにフェイスマスクはカタチや用途を変えながらも、ペルシャ湾岸地域の女性たちと密接に関わり続けているのである。23*写真はすべて筆者撮影。

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