フィールドプラス no.20
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ペルシャ湾その実態が、一般には広く知られていないペルシャ湾岸地域の女性たち。天然資源や政治的な側面が取り上げられがちなこの地域において、女性たちはなぜ、そしてどんな想いで伝統的なフェイスマスクを日常的に着用し続けているのだろうか?金色のフェイスマスク。髭の形に見えるだろうか? これを被って海外旅行に行った女性の中には、マスクが純金でできていると思われて、盗まれた人もいる。22未婚のバルーチ人少女。初潮を迎えてから結婚するまでは、黒や茶色のマスクを着用する。バルーチ人の既婚女性。マスク上の細かい刺繍それぞれに名前が付いており、魚模様など、土地柄が象徴されているものもある。内陸部オマーンの女性。昔はインディゴ着色の生地が主流だったが、利便性などの理由から、マスクの形はそのままでポリエステル生地が使われるようになった。湾岸地域に注目して ペルシャ湾岸地域というと、従来湾岸アラブ諸国とイランに分けられ、個別に研究が行われてきた。しかしながら、ペルシャ湾岸沿い地域は歴史的に人々が行き交い、婚姻や移住などを通じて、国境を超えた「共通の文化」を形成してきた背景がある。私はクウェートとカタールでアラビア語を学んだ後、カタール大学の修士課程で研究を進める中で、湾岸地域の女性についての文献や情報が乏しいこと、そして国外では彼女たちに対するイメージが実際の人物像とはかけ離れていることに疑問を抱いた。 ところで、ムスリム女性が顔を覆う「モノ」としては、一般的に黒いヴェールが取り上げられがちだが、湾岸地域の女性はヴェールとは異なる、ブルカ(「全身を覆う布」ではない)またはバトゥーラと呼ばれるフェイスマスクを着用してきた。しかしながら、この湾岸地域周辺に限られた、フェイスマスク着用の民俗文化については、湾岸アラブ諸国とイランの両側を含めた広範囲の研究はなされておらず、私はこのフェイスマスクと女性のアイデンティティの関係に着目して研究をしたいと思うようになった。そしてそれが、テヘラン大学でペルシャ語を学び、2015年から3年間、断続的にアラブ首長国連邦、イラン、オマーン、カタールで行った現地調査のきっかけになったのだ。現地の女性たちへの聞き取り 現在、フェイスマスクを日常的に着用している女性たちのほとんどが45歳以上であり、その数は年々少なくなっている。聞き取り対象者であるこれらの女性たちは基本的にはアラビア語もしくはペルシャ語の湾岸方言しか話さず、さらには親族以外の人々とはあまり話したがらない傾向にある。研究者として言語を習得することはもちろんのこと、私が女性であることや比較的若い世代であることは、湾岸地域のコミュニティーに溶け込むことに優位に働いた。また近年、宗教的、政治的対立が高まる湾岸アラブ諸国とイランにおいて、アラブ人でもイラン人でもない第三者の日本人であるからこそ、現地で多くの人々に聞き取りができたと感じている。 一方で、事前に知り合いを通じて聞き取り対象の女性と面会の約束を取り付けることが難しい地方の村などでは、直接その村を訪問し、知らない家のドアを叩いて面接調査をお願いしたことも少なくなかった。それでも快く家の中に招いてくれたのも、この地域の人々に共通するもてなしの文化があるからこそだろう。フェイスマスクの起源と種類 現地の言い伝え(必ずしも史実に忠実ではない)によると、16世紀初めにポルトガルが南部イランを占領した際、地元の若い女性たちに嫌がらせをしていたポルトガル兵からゲシュム島ミナブイラクサウジアラビアクウェートカタールアラブ首長国連邦イランオマーンフィールドノート 後藤真実 ごとう まなみ / エクセター大学アラブ・イスラーム研究所博士課程フェイスマスクを通じてみる湾岸地域の女性たち

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