フィールドプラス no.20
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アラブ諸国では最も高齢化率が高い(65歳以上が全人口の約8%)とされるレバノン。宗教的多様性が同国の高齢者の生活に独特の影響を与えるとともに、日本の高齢化に通ずる面もみられる様子を紹介する。地中海高齢者施設と宗教 まずは下の写真をご覧いただきたい。とある高齢者介護施設に足を踏み入れると、正面にこのマリア像が据えられているのが目に入る。額装されている写真は、この施設の創設者(右側女性)が福祉活動に対してメダルか何かの贈呈を受けている写真だが、マリア像はそれと比べかなり目立っている。この施設は、直接的に宗教との関係を謳うものではない。とはいえ、創設者、またその後継者はキリスト教徒(しかもレバノンやシリアに独特のマロン派)であり、それならマリア像を置くのも当然だと言うかのように、この像が据えられている。すると、施設としては万人に開かれたものであることを謳いながらも、結局のところ、イスラーム教徒たちはこのような施設を利用しなかったり、最初は利用していてもやがては止めてしまうこともある。施設の中でキリスト教の礼拝が行われる場合には、イスラーム教徒たちは違和感をより顕著に感ずることもあろう。 その場合に彼らはどうするのかといえば、イスラームの自分たちの宗派(レバノンには主にスンナ派、シーア派、ドゥルーズ派信徒が暮らす)に関連する介護施設をもっぱら利用するのである。あるいは、最初から自宗派に関連する施設を探す場合もあるだろう。実際、そのような施設が設立されているのである。 レバノンはこのように、社会福祉制度のひとつである高齢者介護施設が、程度の差はあるが宗教との関わりのもとで存在する例が多々見られる。社会の様々な人びとに広く開かれたものとして福祉制度をとらえるならば、宗派別にタテ割りになっているかのようなレバノンの高齢者施設は異様に映るだろうか。だが、暮らしにかかわる様々なサービスと宗派が結びつく場合は他にもあり、病院や学校などがそうした例とされてきた。レバノンにおける宗派と社会 他方、中東と聞いてイスラームをイメージする人も多いように、なるほど中東では宗教が高齢者の日常とも密接にかかわるのだと、納得する方もいるかもしれない。レバノンにはイスラームおよびキリスト教の、18の公認宗派が存在すると聞けば、中東の生活と宗教がますます頭の中で結びつきを強めるかもしれない。 ちなみに、レバノンでは宗派によって出生率も違うと考えられている。一般的に言えばキリスト教徒のほうが出生率が低く、イスラーム教徒のほうが出生率が高い。そのことは一般の人びとの家族イメージにも反映されており、「キリスト教徒は子供は一人か二人、イスラーム教徒は五人、あるいはそれ以上」と認識されている。隣国イスラエルと度々紛争状態に陥る南部レバノン出身のシーア派イスラーム教徒が、「我々のところではイスラエルと戦争になるから、みんな若いうちに結婚して早くに子供を作る。いつまた戦争になるかわからないから、先のことなんか考えていたら結婚できなくなる」と語ったように、地域的特性などともあいまって、家族のありかたには宗教の違いも関連する。レバノン版「ぽっくりと死ぬこと」? 冒頭の例で示したように、レバノンの高齢化に関する筆者の調査では、高齢者に関連する施設やサービ20*写真はすべて筆者撮影。黒海イスラエルシリアレバノンフィールドノート 池田昭光 いけだ あきみつ / AA研研究機関研究員 レバノンにおける高齢化社会のフィールドワークから見えてきたこと

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