フィールドプラス no.20
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FIELDPLUS 2018 07 no.20インド博物館での碑文撮影(インド、コルカタ:撮影申才恩):インド博物館裏庭で、倉庫から出してもらった碑文の撮影。撮っているのは仏教僧マハーナーマンのボードガヤー石碑(6世紀後半)。は現物へのアクセスである。まず大切なのは、所蔵者と命令系統を理解し、許可権限を持つ責任者から調査・撮影の許可を得ることである。インドの場合、中央政府と州政府にそれぞれ考古遺物や博物館を統括する部署があり、碑文を所蔵する博物館などがインド考古局、州政府担当部局のどちらの管轄下にあるかで、許可を求める相手が異なる。一方、独立性の高い博物館や学術協会などでは、館長や事務長が許可権限者となる。組織内の業務分担・命令系統も把握しておかなくてはならない。石像・金属像や銅板文書など、所蔵品の種類により担当部署が異なることが多いので、正しい部署に申請書を出す必要がある。宛先を間違えると申請し直しとなり、時間を浪費することになる。 申請書には、責任者宛に、どの碑文(登録番号・名称・発見地等)を、どのような目的で調査したいかを詳しく書き、それを書簡・電子メールとして、現地に行く前に早めに送っておく。原文のコピーを必ず取り、またメール送信日を記録して、来訪の際に先方が確認できるようにしておくと、その後の作業がスムーズとなる。 申請しても許可がすぐに下りるとは限らず、滞在期限までに手続きが終わらずに次回改めて申請となったり、折り合いの悪い関係者が入れ替わるまで数年待たされたりもする。忍耐が必要である。また、前節とも関わるが、情報を得るにも手続きを進めるにも、所蔵機関の担当者や関連する研究者と良好な関係を築くことが肝要である。個人蔵の碑文へのアクセスなど、所有者およびその知己の研究者との関係次第である。しっかりと研究していること、また所蔵品の価値を理解していることを伝えるのが、信頼醸成の第一歩である。碑文をどう「あつめる」のか? 許可を得られれば碑文の調査・撮影となる。保管担当者に碑文を出してもらい、博物館スタッフに埃を払ってもらう。大胆に布ではたくので、見ているこちらが心配になる。準備ができたら、まず碑文のサイズを測る。発見地や発見・収集の経緯も尋ねるか、台帳で確認して記録しておく。撮影には自然光が良いので、可能であれば中庭などに碑文を出してもらう。屋内の場合、十分な照明が必要であるが、地方の博物館では停電などで難しいことがある。中庭で博物館スタッフや通りがかりの入場者がもの珍しげに見守る中、また学芸員のオフィスでデスクに積み上がった書類の山を背景に、淡々と撮影する。 機材については、私の場合、アーム付き三脚とリモートコントローラーを装着した一眼レフカメラと、マクロ撮影可能なコンパクトカメラを併用している。まず全体を撮影した上で、各部拡大、接写へと移る。デジタルカメラのおかげでいくらでも、結果を確認しつつ撮れるので、各部を抜かりなく撮っておく。文字が破損している個所は特に念入りに撮る。フラッシュあり/なし、別角度から光を当てたものなど、同じ構図の写真を数パターン撮っておくと、読みにくい文字の解読が容易となる。 撮影が許可されなければ、所蔵機関が撮影した写真を取得することになる。最近ではデジタルデータで提供されることも多く、便利ではあるが、質はまちまちである。専属カメラマンが撮った高解像度写真をもらったこともあれば、焦点の合わない恐ろしく解像度の低い写真をわざわざCDで送られ、何度か申請した後、9年後にようやくまともな写真を入手できたということもあった。現像された写真の場合、大判プリンナーランダー出土ハーリティー女神金属像銘(インド、ニュー・デリー、国立博物館:撮影著者):デーヴァパーラ王の治世(9世紀前半)およびナーランダー在住の壺作りである寄進者に言及する。考古学セクション研究員の事務机の上に置いて撮影。マヘーンドラパーラのジャガッジーバンプル銅板文書(インド、マルダ、マルダ県立博物館:撮影著者):9世紀のパーラ朝の王マヘーンドラパーラの銅板文書。将軍ヴァジラデーヴァが建立した仏教僧院への村落施与を記録する。マルダ県立博物館玄関横のベンチで撮影。トのものを取得し、大型スキャナーでスキャンして用いると使い勝手が良い。おわりに 以上、フィールドワークよりもインドの官僚機構対処法のマニュアルとなった感があるが、文献史学でもこのような苦労があることを知った上で、写本調査やヴィザ取得など、読者諸氏の必要に応じてお役に立てていただければ幸いである。 ちなみに、碑文を実際に「あつめる」こともできる。西ベンガル州立考古学博物館では、州政府所蔵パーラ朝銅板文書の精巧なグラスファイバー製レプリカを製作・販売している。文字のみならず、破損個所まで忠実に再現しており、重さと厚さ以外は現物そのものである。興味のある方はコルカタのベハラにある州立考古学博物館を訪ねてほしい。左の銅板文書の複製(東京、東京大学東洋文化研究所研究室:撮影著者):西ベンガル州立考古学博物館製作のグラスファイバー製の精巧な複製。19

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