Lulyolwakape。Kapeの食べ物という意味のトングウェ名をもつ灌木。紫色の実は甘く、チンパンジーも食べる。私もおいしく食べた。Mpweje/Nkumpa。ウォーターバックは2つのトングウェ語名をもつ。森林よりも疎開林を好む。この写真を撮ったときは、興奮した。ルーダイカーは果実を好む背の低いウシ科の動物なので、この実は格好の食べ物だろう。植物の名にトングウェが見出した生物の関係が反映されていることを思えば、わざわざ「環境教育」を外国から輸入し、翻訳して伝える必要性が感じられない。 では図鑑にはトングウェの知識を詰め込めばそれでよいだろうか。それが正しい知識を伝えるということだろうか。それについても疑問を感じた。トングウェの知識は、ほかの多くの地域の伝統的な知識と同様に、語り継がれてきたものである。その伝達は「コピー・アンド・ペースト」ではなく、語る者や、聞く者、語られる場などのさまざまな条件により、さまざまな変異をもって伝わるものである。図鑑というある種の「力」を持つ物が、トングウェの知識のほんの一握りを採用し、固定し、「正しい知識」として権威づけてしまったら、幅のある豊かな知識を矮小化させてしまうかもしれない。 もともと動植物の知識の伝わる場は、その動植物と接する機会につくられていたと考えられる。たとえば親子で狩猟に行くといった機会である。そして現代は、そういう機会が減少した時代である。ならばこの図鑑は、トングウェが動物について語る場写真をあつめる マハレにいる哺乳類動物は、トングウェ語名で約50種類を数える。タンザニア全土に視野を広げれば、もっと多くの動物がいる。しかしこの土地で暮らす人々の語りを引き出すための図鑑なので、マハレにいる種類に限定して掲載した。動物の写真もマハレやマハレの近傍で撮影されたものをあつめた。私の写真に加えて、マハレで長期調査をしている中村美知夫さんと、センサーカメラを用いながらヒョウの調査をおこなっている仲澤伸子さん、大谷ミアさん、ハイラックスの調査をしている飯田恵理子さんから写真を提供していただいた。 どうしても手に入らない写真は、絵に描いた。写真を撮りに行けばよいと思われる方もいるかもしれないが、動物の写真は、行けば撮れるというものではない。たとえば私がチンパンジーの写真を撮ったのはマハレに到着した翌日だが、ウォーターバックの写真が撮れたのはそれから14年後のことだ。図鑑に載せた写真は、研究者が長い時間をかけ、苦労してあつめてきた写真なのだ。をつくり出すことを目的にしたらよい。そう考えて、図鑑の構成を考えていった。知をあつめるための図鑑 図鑑は見開きに1種類を紹介する構成とした。見出しはトングウェ語名で、写真は複数枚。体の特徴や生息場所などの説明は、できるだけ短くした。 説明を短くするというのは、一般的な図鑑とは方向性が異なるかもしれない。動物図鑑は一般的に「自分が見聞きした動物について、図鑑から知識を学び、それを自分の知識とする」といった使われ方をするだろう。それに対してこの図鑑は「開いて動物写真を見る」だけで十分だ。子どもたちがいつかその動物のことを親や近所の長老にポロリと話せば、それをきっかけに「山の東でよくみかけた」とか「その動物の歌もあるよ」といった、年長者による動物の語りの場がつくられるだろう。 そういった意味で、この図鑑は知識をあつめた本ではない。「あつめる」というテーマに即して言えば、子どもたちが年長者のもつ知識をあつめるための図鑑、といった方がよいだろう。子どもたちは、皆、同じ知識を手に入れるのではなく、図鑑を介した関わりにより、それぞれの知識をあつめるだろう。「知のあつまり」といった静的な本ではなく、「知をあつめる」といった、動的な本になってほしいと願っている。Kape(ブルーダイカーのトングウェ語名)。頭胴長が55~90 cmと小さい。地元の小学校で子どもたちに図鑑を配布した。目の前にある国立公園に棲む動物に興味をもって、さまざまな知識をあつめていってほしい。* 写真はすべて筆者撮影。FIELDPLUS 2018 07 no.2015
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