“Wanyama wa Mahale”の試み座馬耕一郎ざんま こういちろう / 長野県看護大学タンガニィカ湖FIELDPLUS 2018 07 no.20図鑑とはある分野の知をあつめた本であり、情報は静的である。しかしアフリカの伝統的な知は、口承が織り成す動的な場である。動物とのかかわりが減った現代、子どもたちが口承から知をあつめることができるような動物図鑑を作成した。ザンビアザンビアアフリカアフリカタンザニアタンザニアケニアケニア知識をあつめた本 図鑑は「あつめる」という言葉と親和性がある。写真や絵などの図版があつめられ、それを説明する知識があつめられて編纂される。一冊にその分野を網羅する多くの情報が詰め込まれるので「知識をあつめた本」と言うことができよう。しかしここでご紹介するのは、それとはちょっと異なる図鑑である。 図鑑のタイトルの“Wanyama wa Mahale”は、スワヒリ語で「マハレの動物たち」という意味である。マハレというのは、タンザニア連合共和国のタンガニィカ湖畔にあるマハレ山塊国立公園のことを指す。そしてこの本は、この地で調査するマハレ野生動物保護協会のメンバーが、トヨタ財団から助成をうけた研究の一環として、地元の方々の協力を受けながら編纂し、2015年に完成した動物図鑑である。ビクトリア湖ビクトリア湖マハレ山塊国立公園マラウィ湖マラウィ湖マハレの調査とトングウェの人々 マハレは1965年から西田利貞さんらにより長期調査がおこなわれてきた調査地である。チンパンジーの研究で有名だが、掛谷誠さんによるトングウェ(民族名)の人々に関する調査もおこなわれており、植生調査や、動物の密度調査など、多彩な研究が精力的に進められている。 調査はこの地で暮らすトングウェの人々と関わりが深い。トングウェの人々は焼畑農耕をおもな生業とし、また伝統的に狩猟や採集も営んで暮らしてきた。彼らの自然観は精細で、動物や植物は食物として利用されるだけでなく、薬に用いられたり、歌にうたわれるなど、象徴的な意味も豊かである。マハレではこういった文化的背景をもつトングウェの人々とともに調査をおこなっている。助手として研究者に同行してもらい、動物の追跡や植物の同定などを手伝ってもらっており、彼らの知識を研究者が借用する構図となっている。トングウェの暮らしの変化 マハレは1985年に日本人研究者の支援を受けて国立公園に指定された。この時代はタンザニア政府による集住化政策が進められていた時代でもある。原野に点在していたトングウェの人々は、大きな村の中にあつめられて暮らすようになり、狩猟や採集の頻度は減っていった。また村では他言語を話す人々と集住しているため、共通語のスワヒリ語を話す機会が増え、トングウェ語を話す頻度も減っているようだ。 人々の暮らしの変化は、調査にも影響を図鑑の見開き。左上の見出しはトングウェ語名。右ページには、トングウェ名に加え、スワヒリ語、英語、日本語、学名を併記した。また、体の大きさと簡単な説明を加えた。及ぼしている。若い調査助手の中に、植物の名が分からない者や、動物の痕跡がみつけられない者が現れはじめたのだ。図鑑のコンセプト 図鑑づくりは京都大学の伊藤詞子さんのアイデアだ。伝統的な知識が失われゆくのを感じ取り、もし失われたとしても、後世の人びとがトングウェの知識を再び利用できるようにと、植物図鑑の作成が進められている。しかし伊谷純一郎さんも述べているように、トングウェの植物の知識は膨大である。そこで第一歩として、比較的容易な動物図鑑の作成を試みることになった。 図鑑のコンセプトは、トングウェの伝統的な知識を若い世代に伝えることである。しかし「伝える」とはどういうことだろうか。作成前に、さまざまな角度から考えた。 現代は野生生物の生息地に保全の波が押し寄せている時代である。その波は、ともすれば「乱獲や乱伐を抑えるために、無知な地域住民に、正しい知識を教育する」という「環境教育」に話が進みがちである。しかし本当に住民は無知なのだろうか。また「正しい知識」とは何をもって正しいといえるのだろうか。 トングウェの人々が暮らしの中で培ってきた自然観は、人や生物などの関わりをあらわしたひとつの体系である。たとえばLulyolwakapeというトングウェ語の名前をもつ植物は、ブルーダイカー(kape)の食べ物(lulyo)という意味をもつ。これは小さくて甘い実のなる背の低い植物で、森の中でも地表面の近くに密生する。ブ14あつめる 1知をあつめる図鑑
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