フィールドプラス no.20
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新住民第二世代が外国のルーツについて学習するプロジェクトのポスター(2015年)。カンボジア出身の結婚移民である林麗蝉氏が新住民として初めて立法委員(国会議員)に選出されたことは、その最たる成功物語であろう。彼ら/彼女らの活躍は、かつてのスティグマ化の是正に大いに作用することと思う。しかしその一方で、極端な評価の転換に危うさを感ぜずにはいられない。子供たちをめぐる表象が一人歩きしている様子は、かつて国際結婚が社会問題視され、結婚移民の女性をめぐる表象が次々生み出された頃を彷彿とさせる。 さて、このような背景を踏まえ、筆者が調査地で関わった子供たちのことを紹介したい。筆者は、2004年から台湾中部・台中市の北部にある客はっ家か人じん地域で、国際結婚とその家族についてフィールドワークを行っており、『フィールドプラス』5号(2011年)においても書かせていただいた。ここでは彼らの親の目を通して見た子供たちについて紹介させていただきたい。5号でも紹介したアクンとアミ夫妻は、2018年3月現在、それぞれ51歳と32歳になった。アクンは客家人男性、アミはインドネシア西カリマンタン州シンカワン市出身の客家人で、二人は2005年に仲介業者の斡旋を経て結婚した。二人には、息子のアジェン(11歳)とチー(9歳)と娘のワンユン(4歳)がいる。夫妻はガムのような嗜好品であるビンロウを売る店を今も経営しており、子供たちは近くの小学校・幼稚園に通っている。その小学校で、アミは母語教育の授業の一環として、インドネシア語を教えている。息子二人も、母に学校でインドネシア語を学んでいる。二人の反応はというと、チーはインドネシア語に興味を示し、熱心に勉強して台中市の公立学校で行われている放課後の補習授業の風景。新住民第二世代に限らず、様々な背景の子供たちが学んでいる(2015年)。いる。一方アジェンは、特に興味はないようで、科目の一つとして授業を受けている。この興味の差は、母が手作りするインドネシアの菓子に対しても表れている。チーは母の手作りの菓子が好物だが、アジェンは食べたがらない。弟は母に甘え、冗談をよくいい合うが、兄は母とは対立しがちである。どうやら母の背景への興味は、親子の距離にもよるようだ。兄弟でも今後、文化的ルーツの自認の仕方は変わってくるのかもしれない。 一方、アトンとアルワン夫妻の娘ジアジア(16歳)は、2017年台中市で最難関の女子高に進学した。アトンは閩びん南なん人じん、アルワンはベトナム・カントー市出身のキン族女性だが、すでに中華民国籍を取得し台湾人となっている。一人娘のジアジアは利発な少女で、両親から可愛がられて育った。彼女は、毎日大変な勉強量をこなし、地元の中学校でもトップクラスの成績を収めた。ジアジアには、ゆくゆくは外交官になって、ベトナムに赴任するという夢がある。そのため、今後は国立大学の法学部に進学し国家公務員を目指している。母の国と台湾の架け橋になる仕事に就きたいのだ。ベトナム語は話せないが、大学入学後に勉強する予定である。 もう一組、同じく5号で触れたジョンとトゥイ夫妻と子供たちはどうしているだろうか。ジョンは台湾の客家人男性、トゥイはベトナム・アンザン省出身のキン族で、1999年にやはり仲介業者の紹介で結婚した。トゥイもまた中華民国籍を取得した。二人はマントウ(丸い蒸しパン)を売る店を経営しながら、日雇いで働いたり、工場で働いたりしている。双子の息子は、2017年に地元の工業高校を卒業した。兄は大学に進学したが、弟は自動車メーカーに就職した。弟は、大学の学費を親に負担してもらうことをためらった。双子なので同時に教育費がかかってしまうことを汲み取ったのだ。もし勉強したくなったらまた大学を受けるからと言っているという。夫婦は子供が孝行息子に育ったことを喜びつつも、一人しか大学へ進学させられなかったことに忸怩たる思いである。兄の学費をあと4年、賄えるよう夫婦で努力するという。表象の中を泳ぐ 有用な「東南アジア人材」と奉られることに対し、新住民と第二世代はまともに反応しているわけではなさそうだ。第二世代の中には、母親の文化的背景に興味を持ったり、外国に母方のルーツを持つことを進路の方向性に組み込んだりする子もいれば、特に興味がなく他の台湾人と変わらぬ生活を送る子もいる。親たちも時代の要請に応じ、急遽特別な教育を始めるわけでもない。そこには、かつて国際結婚に関する否定的な表象が溢れた際の経験からくるしたたかさを感じる。評価の転換に際して、真に受けるわけではなく、踊らされることもなくしかし恩恵があれば受けても良い、という静かな態度を取っているかに見える。 子供たちは、有用な「東南アジア人材」にならなくても、優秀でなくても、国家の利益に寄与しなくても、「台湾人」として十全たる市民権を持ち得るべきである。「社会問題の源」から「救世主」という言説の劇的な転換の下でも、彼らには穏やかな子供時代を過ごしてもらいたい。9

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