FIELD PLUS No.19
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6FIELDPLUS 2018 01 no.19まれた。イスラームでもスンナ派、シーア派という枠だけでなく、そのシーア派からさらに分かれたイスマーイール派、ドルーズ派、アラウィー派など、何でもござれ、勢揃いなのだ。 大事なことは、ユダヤ教も含めてこの地域の人々は皆、過去千年ほどにわたって、日常会話でアラビア語を使ってきたこと、それゆえそれぞれの宗教で「神」を表す言葉は「アッラー」であることだ。たとえばベツレヘムのイエス・キリスト生誕の教会でクリスマスのミサの際に聖職者がアラビア語で説教するとき、神は「アッラー」なのである。「歴史的シリア」の多様な一神教 現在、シリア、レバノン、ヨルダン、イスラエル/パレスチナといった国家が存在し、トルコの南東部も一部含む地域は「歴史的シリア」と呼ばれる。この地のアレッポ、ダマスクス、エルサレムなどの都市には、およそ7千年にわたって人が住み続けており、地球上最古で継続的な都市文明の地域だ。いろいろな時代の痕跡は地層のように堆積し、日々の暮らしのあちこちに顔を出す。 ユダヤ教もキリスト教も「歴史的シリア」に生まれて世界中に広がった。イスラームもアラビア半島の辺境地帯からまずここに進出して足場を固め、世界中に広がった。エルサレムがこれら3宗教の(イスラームにとってもメッカとメディナに次ぐ第三の)聖地であることは、これらの宗教が重層的に共存してきたことを象徴する。 私たちはキリスト教というと欧米の宗教というイメージを持ちがちだが、「歴史的シリア」こそが発祥の地であり、そこでは欧米よりもはるかに多様な宗派が存続してきたのだ。典礼語もシリア語、ギリシア語、アルメニア語と、文字も文法体系も異なる言語だ。教義もイエス・キリストの神・人としての性質をめぐる議論で異なり、さらに各宗派のなかからローマ教皇を教会のトップと認めてカトリック化する分派が生古代の大神殿からキリスト教会へ 現在、内戦で苦しむシリアの首都ダマスクスは、「歴史的シリア」の中心都市の一つで、もともとはオアシス都市だった。地中海から吹く風がレバノンの山に当たって雨や雪を降らせ、その地下水が東に向かい湧出して幾筋もの川をなし、オリーブ、アーモンド、クルミ、モモ、レモン、ザクロ、イチジクなどの木を密生させた巨大な扇状緑地(東京23区の約半分)を生み出した。そのただ中に浮かぶ小ぢんまりした都市が、何千年も生き続けてきた。 東京の皇居ほどの広さの町には大神殿とアゴラ(広場)が対のように配置されていた。大神殿では、紀元前2千年紀から冬の雨・嵐を司る豊饒神ハダドが祭られていたが、古代ローマの下で天空神ジュピターの神殿となった。二重に中庭を囲む東西400m、南北300mの威容を誇っていた。 ローマ帝国末期の4世紀後半、皇帝テオ長い歴史を重ね、多くの宗教が生まれ、競合し、混ざり合い共存してきた地域には、その経験を体現する空間がある。シリアのウマイヤ・モスク──それは宗教的な多数派・少数派に限らず、全人類にとってかけがえのない空間だ。ダマスクスのウマイヤ・モスク黒木英充くろき ひでみつ / AA研ダマスクス旧市街中心部にあるウマイヤ・モスクの内部。この建物自体、古代神殿がキリスト教会として改修され、7世紀以降はモスクとして使われてきたものである。高い柱にその面影がうかがえる。中心にある廟は、イエス(・キリスト)を洗礼した聖ヨハネの墓(斬首された首塚)とされる。イスラームではイエスもヨハネも預言者の一人として崇敬される。ウマイヤ・モスクの「イエスのミナレット」。ムスリムの伝承によれば、「最後の審判」の直前にイエス・キリストがこのミナレットに降臨し、アンチ・キリストと戦うことになる。紅海シリアレバノンヨルダンイスラエルパレスチナトルコアレッポダマスクスエルサレムベイルートアラビア海カスピ海黒海地中海写真はすべて2009年3月、筆者撮影

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