FIELD PLUS No.19
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髙松洋一たかまつ よういちAA研おみやげの二宮金次郎像(筆者撮影)。ユヌス・エムレの肖像と「愛そう、愛されよう」という詩の一節が印刷されたトルコ共和国の200リラ紙幣裏面(Wikimedia Commonsより)。おみやげを手にしてご満悦の友人(筆者撮影)。薪を背負ったユヌス・エムレ像(エスキシェヒル、アナドル大学)。エスキシェヒル県には彼の墓所がある。ⒸZeynel Cebeci, 2015.が、私は友情に応えるべく「よし、いつかきっと金次郎をおみやげにする」と約束したのであった。 とは言え、目の肥えた彼のお気に召す作品を見つけることは容易ではない。近年「歩きスマホ」の元祖として注目を集めているせいか、オークション・サイトに金次郎像はたくさん出品されている。しかし不細工だったり、新品だったり、大き過ぎたり、これぞという品にはなかなか出会えない。約束も虚しく、何年もの歳月が流れた。 しかし継続は力である。しつこくオークションを探すうち、ついに理想の金次郎を発見した。大きさも申し分なく、作者の刻印もあり、「昭和29年度◯中3年6組卒業記念」と確かな制作年代もある。すでに入札済みだったが、残り時間終了寸前に見事落札することができた。出品者から届いたずっしり重い金次郎を手に取ると、現物は写真で見た以上の出来である。憂いを帯びた表情に、背に負う薪は一本一本表現され、手にした書物『大学』のテキストも一文字ずつ彫り込まれている。梱包すると5キロ近くなったが、これなら彼の気に入るに違いない。宿願を果たせるうれしさで、今回ほどトルコ出張が待ち遠しいことはなかった。 イスタンブルに到着するや、「金次郎を持ってきたぞ。絶対気に入るから」と友人に連絡した。ホテルに駆けつけた彼は「素晴らしい! これほどまでとは」と、予想に違わず大喜びである。しかしいくら愛書家とは言え、彼が金次郎にかくも惹かれる理由は何なのか。改めて尋ねると、意外な答えが返ってきた。「ユヌス・エムレの話があるよね」。 ユヌス・エムレとは、13〜4世紀に活躍した神秘主義思想家にして「最初のトルコ語詩人」と言われる人物である。人間愛を謳う彼の詩は今日たいへん人気があり、お札の肖像にもなっている。若き日の彼は、修道所で師に毎日山から薪を取ってくるよう命じられた。運んでくる薪に曲がったものが一本もないことに気づいた師がその訳を彼に尋ねると、「ここは誠直への入り口です。修道所に曲がった薪が入ってはなりません」と答えたと言う。この逸話のせいでユヌス・エムレが薪を背負う姿で表象されることがあるとは、恥ずかしながら初耳だった。 そう言えば、二宮金次郎が背負う薪もまっすぐである。わが友人は、金次郎に詩人ユヌス・エムレの姿を重ねていたのであった。「皆に見せよう」と喜ぶ彼の姿を見るにつけ、私は心中「日本のユヌス・エムレ像の輸入事業を始めたい」と言い出す人物が現れないことを祈るばかりであった。 トルコの人たちは、おみやげが大好きである。初対面なのに、養鶏業起業のため軍鶏の卵が3つ欲しいだの、埋蔵金発掘のため金属探知機が欲しいだの、いきなり日本からのおみやげをねだられることもまれではない。もちろん適当に受け流すが、世話になった友人となれば話は別である。できれば相手が本当に必要とするものをプレゼントしたい。だから出張前は、毎回おみやげに頭を悩ますことになる。 友人Aは古典文学の研究者で、イスタンブル滞在中は週末必ず一緒に古本屋巡りをする仲である。東京に一年住んでいた彼は、かねがね「骨董屋でよく見かけた本を読む少年の像が気になる」と語っていた。そう、彼は二宮金次郎像を買いそびれたのだ。なぜ彼がそこまでご執心なのかわからなかった2018 01 no. 19[発行]東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所〒183-8534  東京都府中市朝日町3-11-1 電話042-330-5600 FAX 042-330-5610定価 : 本体476円+税[発売]東京外国語大学出版会電話042-330-5559 FAX 042-330-5199FieldPLUSフィールドプラス定価 : 本体476円+税[発売]東京外国語大学出版会電話042-330-5559 FAX 042-330-5199トルコイスタンブルエスキシェヒルアンカラ地中海黒海

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