27FIELDPLUS 2018 01 no.19きょ」のように聞こえるものが混ざっている、というのが私の実感なのですが、みなさんはいかがでしょうか。これは「言語学」なのか? この文章をお読みになったみなさんの中には、言語学に対するイメージと、歌のリズムについての考察がつながらない、という方もいらっしゃるのではないかと思います。言語学はことばを科学の対象としてとらえる学問です。ことばと関係があるものであれば、なんであっても言語学の研究対象になりうると私は考えています。毎日使うことばに対する感覚を素朴に見つめることを大切にして、これからも研究を続けていきたいと思っています。図2 特殊モーラが独立しているかどうかの割合を示した円グラフです(平田秀「2010年〜2016年の日本語歌謡曲における特殊モーラ」をもとに作成)。図1 「かながわ」「さいたま」「とうきょう」はすべて4モーラですが、音節の数は順に4音節、3音節、2音節とそれぞれ違います。図3 楽譜には、「持続する1つの音を2つの音符で表記しなければならない」といった細かいルールが存在します。この研究をするにあたって、「音符は2つだが、『げん』はリズムとして1つと数える」「音符は1つだが、『ばん』はリズムとして2つと数える」というようなルールを自分なりに考えました。図の中に出てくる2モーラからなる音節のうち、「こん」(2か所)・「ばん」はリズムとして「2つ」、「げん」「きょう」は「1つ」として扱っています。(この楽譜は説明のため、私が作成したものです。) 私の出した結論は、「基本的にはモーラがリズムの単位だが、最近音節が単位のケースが増えてきた」というものです。図2は、特殊モーラがそれ単独で1つの独立したリズムとしてみなせるか、それとも直前のモーラと合わせて音節全体で1つなのかを分析した結果です。リズムの単位がどちらなのかが問題になるのは特殊モーラが関係する場合なので、特殊モーラだけを取り出して分析しています。また、市販の楽譜を使って分析を行ったのですが、音符をそのまま分析に使用することができないと判断し、ひと工夫加えて使うことにしました(図3)。 まず、1970年代の歌も2010年代の歌も、私の分析では9割以上のケースで特殊モーラが独立した1つのリズムの単位として扱われていました。俳句の五七五と同様に、歌についてもモーラで数えて作るのが基本、といってよさそうです。ただ、最近の歌は音節で数えるケースが増えています。この「モーラから音節へ」という変化が歌だけのものなのか、それともことばとしての日本語そのものが変化していてそれが反映されているのかが気になるところですが、それを論じるには、まだ材料が足りないと私は考えています。ただ、歌のリズムが日本語そのもののリズムと全く無関係ではいられない、とも思っています。 また、歌によって特殊モーラが独立しているかどうかの比率は大きく違いました。2016年の歌を例にとると、星野源「恋」は特殊モーラの100%が独立しているのに対し、スピッツ「コメット」では独立しているのは64%にとどまり、残りの36%は独立しておらず音節で数えているという結果でした。「恋」はテンポの速い曲ですが、特殊モーラを含むひとつひとつの音がはっきり歌われていて、印象通りの結果だと私は感じました。 日本語の歌がモーラで数えるのを基本とするのに対し、英語の歌は音節で数えて作られます。英語の「pen」は1つの音節からなる単語で、全体で「1つ」です。日本語の「ペン」がペ/ンと2つに区切れることと対照的です。2003年にt.A.T.u.(タトゥー)というロシアの女性2人組の、英語で歌ったCDが大ヒットしました。「All The Things She Said」というタイトルを連呼する曲が話題になりましたが、「All The Things She Said」は英語では5音節=5つのリズムで歌われます。カタカナでは「オール・ザ・シングス・シー・セッド」と13モーラになるフレーズを5つのリズムで歌うので、日本語に慣れた耳にとってはものすごく早口で歌う曲に聞こえたのではないでしょうか。 特殊モーラには、さきほどのa〜dの4種類があるということをお話ししました。この4種類の間にも差があって、二重母音の「い」と撥音は歌のリズムにおいては独立しやすいのに対し、のばす音と促音は先に挙げた2種類と比べて独立しにくく、音節全体で1つのリズムとしてふるまいやすい、という結果になりました(図4)。このことについて私は、「歌では自由自在に母音を伸ばしたり縮めたりできるので、のばす音をきっちり伸ばして『2つ』にしなくても許されるのではないか?」「歌では、『あった』を『あーた』のように歌うことがあるので、促音はのばす音に近い性質をもつのではないか?」と考えています。「東京」が歌に出てくるとき、「とうきょう」ときちんと伸ばして聞こえるものと、「とうきょ」「ときょう」「と図4 4種類ある特殊モーラの中でも、独立した1つのリズムとして扱われやすいものと、そうでないものがあります。1970年代独立していない4.0%独立している96.0%独立している90.3%独立していない9.7%2010年代4分音符1つ分こんげんにいかもはあすもきょうがちはごきこんばん4分音符1つ分4分音符1つ分4分音符1つ分
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