アイヌ語をよむ、きく、たずねる小林美紀こばやし みき / 国立アイヌ民族博物館設立準備室 ((公財)アイヌ文化振興・研究推進機構博物館運営準備室)研究員アイヌ語は現在「消滅危機言語」だといわれている。また、文字で書く習慣がなかった期間が長かった言語でもある。話者が少なくなった言語でその文法を明らかにするには文字資料も含め、残された様々な資料を活用することが重要だといえる。アイヌ語の現在 2009年ユネスコが「消滅危機言語」を発表した。アイヌ語もこれに含まれ、その危機の度合いは「極めて深刻」とされている。実際、筆者はアイヌ語に興味を持つようになってからだいぶ経つが、アイヌ語のみで日常生活を送っている人にこれまで会ったことはない。だが、80~90代の方々のなかには、幼いころに、周りの人たちはアイヌ語で会話をし、それを耳にして育ったという人がいる。それより若い世代のなかにはアイヌ語を勉強している人もいる。また、2000年代後半から、複数の機関によって口承文芸を中心とするアイヌ語の音声資料がウェブ上などで公開される動きもみられるようになった。そのなかには音声を文字化したものと日本語訳をあわせて公開しているものもある。例えば、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所情報資源利用研究センターでも「アイヌ語音声資料の文字化テキスト対応づけと公開」(代表:奥田統己、山越康裕)(http://ainugo.aa-ken.jp/)でアイヌ語静しず内ない方言と沙さ流る方言の口承文芸資料が公開されている。事態は「極めて深刻」とされる一方で、どこにいてもネット環境さえあればアイヌ語を聞くことも読むこともできる状況になってきている。アイヌ語の面白さ アイヌ語のなかでも筆者は特に動詞に興味がある。アイヌ語の動詞は、基本的な形に様々な要素がつくことで複雑な構造を持つことがある。例えば、kuta「~をぶちまける」という動詞の基本的な形に3つの要素がついたmun-soy-o-kuta[ごみ-外-~に-~をぶちまける]という動詞がある。これは動詞基本形の目的語や、さらに場所までを取り込んだ「ごみを外に出す」という意味の1つの動詞である。筆者はこのように構造が複雑そうな動詞をみると、わくわくする。動詞基本形には様々な要素がくっつくが、その要素と動詞基本形の組み合わせは何でも自由に許されるわけではなく、そこには何らかの規則性があることが予測される。動詞基本形がどんな要素と結びつくのか、そこにどんな規則性があるのかが筆者の研究テーマである。規則性を考える3つの手掛かり 動詞基本形と結びつく要素の間の規則性を探るには、いくつかの方法が考えられる。現在日常生活で使われている言語であれば、その言語の話者に会い、どういう言い方は可能であるのか、また不可能であるかを尋ねるという方法があるだろう。しかし、アイヌ語では、そうした方法をとることは難しい状況になってきている。こうした状況の中で、筆者自身はアイヌ語について考える際、「よむ」「きく」「たずねる」の3つ を手掛かりにしている。 アイヌ語は文字で書くという習慣がなかった期間の長い言語であると言われているが、文字で書かれたものが全くないわけよむ 318FIELDPLUS 2018 01 no.19長おさ知ち内ない橋からみる沙流川の風景。この川の流域で沙流方言が話されている。長知内橋から下をのぞきこむと、小さな足跡がたくさん見えた。シカの通り道になっているのだろうか。アイヌの口承文芸にはたくさんの動物たちが登場する。北海道白老浦河静内(現新ひだか)沙流川*写真はすべて筆者撮影
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