この情報をもとにして、周囲の生態環境をふまえたうえで遺跡の機能を総合的に推定する。こうして同時代に存在した遺跡間の関係、たとえばどれが祭祀建造物でどれが住居か、当時の社会で中心的な役割をはたした遺跡や土地利用の特徴などをよみとっていくのである。 その結果、ワンカバンバ川では、遺跡の立地を選択する際に生活面での水の重要性が考慮され、川の近く、かつ川の水面レベルより少しだけ高い所にある丘や台地が集中的に選ばれたことがわかった。また、多様な生態環境の利用だけでなく、周辺地域につながる川筋といった交流ルートの位置が、遺跡を建設する際に重視されたことも明らかになってきた。掘る前によむ 分布調査をふまえ、ワンカバンバ川流域で最大規模を誇るインガタンボ遺跡で、これまでに計4シーズンの発掘調査をおこなってきた。これらの調査目的は一貫して、アンデス文明形成期(紀元前3000-50年)におけるワンカバンバ川流域社会の実態の解明である。発掘調査の結果、インガタンボ遺跡では計5期の建設時期があり、そのうちの古い方から3期目までが上述の形成期に相当することがわかった。 ここで重要なのは、実はこのような状況を、発掘する前によんでいたことである。つまり、われわれは、分布調査時の地表面観察によって、地形やマウンドとよばれる人工的な盛土の詳細な形状分析から、どのような建造物が土の下に埋まっているのかを推測しているのである。また同時に、地表面で採集できる土器などの遺物によって、遺跡の時期も推定する。このようにして、発掘する前に、自分の研究目的に適切な遺跡をみつけていくことが重要である。掘りながらよむ 先ほど、発掘前から遺跡の特徴をある程度よんでいたと述べた。しかし、本当になにがでるのかは掘ってみるまでわからないのが、発掘調査の特徴でもある。実は私も、最初のシーズンの発掘では、遺跡の選択や発掘方法に問題はなかったのかと、最後の最後まで不安に思いながら掘っていた。ある程度の落ち着きをもって発掘にのぞめるようになったのは、2年目からである。 発掘では、色々なことに気を配り、頭をフル回転させながら、基本的には上から(時代の新しい方から)順に掘り進める。そして、土がどのように積まれて今のような状態となっているのか、どの土の層がどの建造物と対応するのか、建造物が築かれた順序はどうなっているのか、を念入りにみていく。そのうえで、各建造物の時期的関係を判断し、どの地点からどんな遺物がどのように出土したのか、といったことを詳細に記録する。簡単にいえば、上下に絡み合った3次元立体パズルをときほぐし、それぞれのパズルの詳細をよみといていくのである。 また、発掘を進めていくと、想定とは異なる立体パズルの形状が現れることが多々ある。その際に重要なのは、おかれた状況に対応しながら、その都度自分の考えを更新していくことである。「この建造物はおそらく部屋のようになるから、この壁はここで曲がるはずだ」というような想定をしながら掘り進めていっても、それが外れることも多いのが発掘なのである。古代の人の考えることが難しいのか、それとも私がひねくれているのか、どちらであろうか。掘った後でよむ 発掘の一連の作業で最も重要で大変なのは、データのまとめである。建造物の築き方、仕上げ、空間配置や遺物の出土状況を丁寧に把握するという地道な作業を通じて、遺跡の特性をよみといていく。 ちなみにインガタンボ遺跡では、神殿とよばれる公共的・記念碑的・宗教的建造物が先述の形成期に築かれていたことが判明している。また、土器などの遺物からインガタンボ遺跡と周辺の他の遺跡との交流の様相もわかってきた。さらに、人や動物の骨、あるいは土器内面の付着物の分析からは、当時の動物および植物利用のあり方も少しずつ明らかになってきている。 以上のように考古学調査では、文献以外にも様々なデータを多面的かつ複合的にみていく。そうした一連の手続きをふまえることではじめて、われわれは、当時の人々がどのような生活をおくっていたのか、その一端をよみとくことができるのである。発掘の一コマ。様々な時期の建造物を記録しながら、遺物が見つかった場合は、ゆっくりと丁寧に掘り下げる。調査地の集落で整理作業を進める。近所の子がよく遊びに来る。ワンカバンバ川リマインガタンボ遺跡ペルーエクアドル南アメリカ17FIELDPLUS 2018 01 no.19
元のページ ../index.html#19