FIELD PLUS No.19
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11FIELDPLUS 2018 01 no.19どの事件が多く、キリスト教徒が迫害されているようなイメージを抱きがちであるが、実際に行ってみると、それとはやや異なる世界が広がっていた。復興する教会や修道院 ナイル川中流域には、現在使用されているものと廃墟となっているものを含め、多数の教会や修道院、僧房(跡)が存在する。砂漠や集落のなかに独立して建っているものもあれば、古代エジプトの墓や石切り場、自然の洞窟を転用したものもある。聖家族(幼子イエスと両親)が訪れたとされ、中部エジプトで最も重要な修道院はムハッラク修道院(アスユート市北方)である。この修道院は広大な農地を所有し、また巡礼客に対応するために修道院外部の労働者を多数雇っており、修道院周辺地域の雇用を支えているという。筆者が訪れた2013年2月はちょうど新しく選出されたコプト教皇がこの修道院を訪れたときであり、一目教皇を見ようと、コプト、ムスリムを問わず人々が修道院につめかけていた。 ムハッラク修道院は中世から人が住み続けている修道院であるが、ナイル川中流域には一度廃墟となったものの、近年再整備された教会や修道院も複数存在する。例えば砂漠のなかに位置するアブー・ファナー修道院(マッラウィ市近郊)は、20世紀末にこの地方の主教によって再興された。現在は古代からの修道院の周辺に来客者向けの食堂などが建てられ、週末は地元の人々や観光客でにぎわっている。 同じく20世紀末に大拡張が行われ、突如としてエジプト有数のコプト巡礼地となったのはドルンカ修道院(アスユート市近郊)である。この修道院にある教会は古代エジプトの石切り場を利用して建てられた教会として有名であり、聖家族が訪れたという伝承もあったが、近年までは山の中腹にひっそりと建つ修道院であった。20世紀後半に聖家族がエジプト逃避行中に立ち寄ったとされる場所をめぐる巡礼(観光)ブームが起こると、この修道院は聖家族が立ち寄った最南端の場所とみなされ、新しい教会や巡礼者用の宿泊施設などが建設されるなど、巨大な修道院へと生まれかわった。このように、ナイル川中流域のキリスト教社会は長年にわたる迫害により衰退した面がある一方、活性化している面も見られる。 修道院の拡張にともない、修道院の麓のデール・ドルンカ村には他地域から大勢の人々が移り住んできたという。その中にはムスリムもおり、村には新しいモスクも建てられたが、彼らはキリスト教徒と暮らすことに慣れておらず、様々な軋轢が生じていると聞いた。ナイル川中流域における宗教間の対立は、ずっとそこに存在したものもあるかもしれないが、近年生じたものもあるのである。テロの対象、ツーリズムの対象としての修道院 2013年夏、ムルシー大統領失脚後の混乱のなか、エジプト各地で教会やキリスト教徒の家の放火や略奪が起こった。紹介したムハッラク修道院やその周辺の村々も被害を受けた。2017年5月には、ミニヤ市の北西の砂漠地帯にある、聖サムエル修道院にむかう観光バスが襲われ、28名の死者がでた。聖サムエル修道院も近年再整備された、豊かな農地をもつ修道院である。犯人グループはバスがハイウェイから降りて、携帯電話の電波が届かなくなる地点で待ち伏せしていたらしい。報道によると、襲撃に怯えながらも、修道院で働く地元の人々は次の日も修道院を目指した。開発から取り残され、エジプトのなかでもとりわけ失業率の高いナイル川中流域では、修道院はキリスト教徒にとってもムスリムにとっても雇用をもたらす場であり、日々の疲れを癒す行楽地でもある。 テロで修道院の復興が止む可能性もあるが、そうはならない兆しも見られる。エジプト政府は、聖家族逃避行の地を新たな観光の柱とし、外国人観光客を呼び込むキャンペーンを開始したらしい。これは上述した巡礼(観光)ブームを、エジプト人以外にも広げようとするものである。観光の目玉にはこの記事で紹介した修道院も含まれている。現時点ではナイル川中流域の観光に制限があるかもしれないが、キャンペーンが軌道に乗り、制限が解除された暁には、みなさんにも是非、ナイル川中流域を訪れ、そこのキリスト教社会を見ていただきたい。少数派に目を向けるには、まず彼らに対するイメージを変えるところからはじまる。その手始めとして、巡礼客でにぎわうエジプトの修道院を訪れてみることはどうだろうか。ドルンカ修道院(アスユート市近郊)。近年、巨大な建物群として生まれ変わり、周囲を威圧している。古代の墓のなかに建てられた聖処女教会・聖タドロス教会(アスユート市近郊、デール・リーファ村)。ミニヤマッラウィ聖サムエル修道院カイロアブー・ファナー修道院アスユートドルンカ修道院デール・リーファの教会ムハッラク修道院ナイル川エジプトエジプト紅海アラビア海地中海

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