フィールドプラス no.18
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採集を終えて集落に戻ってきた女性。運搬用風呂敷の上には薪が積まれている。グイ・ガナ語の語彙の珍しい特徴 グイ・ガナ語の珍しい特徴、「世にも稀な」特徴は、語彙のどんな側面に観察されるのだろうか? それを列挙する前に、そもそも特徴の稀少性がどう判断できるかに触れておこう。 ある語彙的特徴が珍しいか否かを判断するために、言語学では、世界の言語に見られそうな普遍的な意味領域を設定する。例えば、親族名称、色彩名称、生物名称、のような意味の領域である。そしてその領域内部に体系を見つけ出す。さらに、その体系がどんな特性の組み合わせからなる範疇で組み立てられているかを解析する。この解析結果を様々な言語の間で比較すると、普遍的な特性のセットが仮定できる。この特性のセットを使って比較結果を分析すると、世界の言語において単語として実際に確認できるのは、可能な特性の組み合わせ全てではなく、ごく限られた組み合わせだということが分かってきた。さらに、意味にも稀な」特徴の綿密な考察は、「世界の言語は全体としてどんな共通の傾向を持つか?」という問いではなく、「世界の言語の多様性の限界はどこにあるのか?」という問いに答えようとする。私たちのチームは、カラハリ狩猟採集民の文化語彙辞典の編纂にあたって、この稀少性の類型論の指針を踏まえて、珍しい特徴の多いグイ・ガナ語の文化語彙を扱いながら、世界の言語の多様性の限界の一部に迫ろうとしている。領域内の語彙体系も限られた種類の類似パタンからなることが分かってきた。理論は、実際に確認される特性の組み合わせや体系上のパタンの制限に着目し、そんな制限を説明する原理を提案する。 「世にも稀な」特徴とは、制限の説明原理がうまく適用できない現象を意味する。グイ・ガナ語の語彙は、詳しく調べれば調べるほど、そういう意味での稀少な特徴が多く観察されることが分かってきた。 では、グイ・ガナ語の語彙の稀少特徴は、どんな意味領域に観察されるのか? 現時点で分かっているだけでも次の6つがある:(1)親族名称、(2)色彩名称、(3)生物名称、(4)知覚動詞、(5)食動作語彙、(6)温度語彙。はじめの4つは、世界の言語に関する研究蓄積が多く、言語の普遍的傾向の理論モデルも広く知られている。残りの(5)と(6)は最近になって理論研究が進んできた意味領域だが、「食動作」と「温度」では、どんな言語でも「食べる」「熱い・冷たい」のような語彙化が観察されそうで、それに関わる特性や体系パタンの普遍的傾向の特定が試みられている。本特集の大野仁美氏の記事は(1)におけるグイ・ガナ語の特徴に触れる。また、(5)と(6)については私の記事が簡単な紹介をする。 稀少特徴を調べることは、言語が「言語・文化固有の発達によって普遍的傾向をどこまで逸脱するか」に迫るもので、人間の言語の多様性の限界を探る手がかりとなる。私たちの研究チームはこの課題にカラブッシュでベリーを摘む少女。ハリ狩猟採集民の文化語彙の事例を通して取り組もうとしている。 以上述べてきたように、本プロジェクトはグイ・ガナ語の単語の意味を主に扱うが、単語にはその意味と形式の両面がある。本特集を締めくくる高田明氏の記事は、赤ん坊につけられる個人名という一種の文化語彙の性質を単語の形式の面から考察する。コエ語族カラハリ・コエ大語派図1 コイサン諸語(言語連合)における3つのカラハリ・コエ語派。図2 コイサン諸語の分布とグイ・ガナ語の話者集落の位置。コイサン諸語【言語連合】カー語族トゥ語族コエコエ大語派南西カラハリ・コエ語派北西カラハリ・コエ語派東カラハリ・コエ語派5

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