フィールドプラス no.18
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ブッシュでのキャンプ(夜)。3この特集はAA研共同利用・共同研究課題「南西カラハリ・コエ語派の語彙の民族言語学的ドキュメンテーション」、科研費研究課題(16H01925, 25300029, 16H02726)の成果の一部です。責任編集 中川 裕 私たちの研究チームは、カラハリ狩猟採集民(いわゆるブッシュマン)の言語の2種類の辞典の編纂に取り組んでいる。一つはいわば通常の辞書で、これまでに集めた単語をなるべく網羅的に項目にしてアルファベット順に記載する。もう一つは、特別な視点で厳選した記載項目から成る「言語民族誌」的な辞典である。この巻頭特集で話題にするのは後者の編纂である。 「言語民族誌」的な辞典の記載項目とは一体何だろうか? 私たちは言語学者2人と人類学者4人で、みな、カラハリ狩猟採集民グイとガナという同じ言語社会を研究対象としてきた。チームの現地調査期間は半世紀にわたる。その間に、メンバーはそれぞれの研究目的に応じて調査資料を集め、異なる文脈でそれについて論じてきた。だが、どの資料にも共通して、グイ・ガナ語(方言群)の単語の記録が多く含まれる。そこには、グイ・ガナ社会が発達させてきた文化に固有の概念を表す単語群(いわゆる「文化語彙」)の記録が大量に含まれている。このプロジェクトはそういう記録を辞典の素材とする。 私たちのチームが記録してきた文化語彙は、実は、これまで、フィールドノートか未刊行文書の中に埋もれてきた。たとえ刊行されることがあっても断章的だった。だから、例えば、グイ・ガナ社会にとって重要なある単語が、一方では言語学者によって、他方では人類学者によって考察されていても、それらを即座に照らし合わせることはできなかった。 このように散らばったままの文化語彙の蓄積をなるべく網羅的に集約しよう。そして、各記述を相互に見比べて、誤りを正し、信頼性を高めよう。その上で、言語学・人類学双方の視点から再分析をして、複眼的な知見を統合する辞典を編纂しよう。これが、本プロジェクトの目指すところだ。 プロジェクトが最終的に生み出すのは、端的に言うと、カラハリ狩猟採集民の文化語彙を収録した「言語民族誌」的辞典になる。このような辞典の編纂は記録を持ち寄って整理整頓して束ねる機械的操作ではない。編纂を進める上で、言語の普遍性や多様性を捉える理論に、新しい素材や視座をもたらすような考察をすることになる。本特集では、その一部を紹介したい。 の言語民族誌的な 辞書を編む

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