フィールドプラス no.18
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SULPdleF東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所[発行]. 201707no18FeldPLUS i i 〒183-8534東京都府中市朝日町3-11-1 電話042-330-5600    FAX042-330-5610フィールドプラス電電話話004422--333300--55555599 ::         FFAAXX004422--333300--55119999 バリは、インドネシアで唯一ヒンドゥー教徒が大多数を占める島である。その独自の文化は、これまでこの島を訪れる人々を魅了してきた。バリのヒンドゥー教徒は目に見えない世界を意識して宗教実践を行っており、その世界観は憑依や病の捉え方にも反映されている。今回紹介するのは、私自身がこの世界観に取り込まれていくきっかけとなった石の話である。 私は、2010年にデンパサールで長期調査をしていた際に、かねてからお世話になっているワヤンさんの家の裏庭で思いがけず石を手に入れた。その日は、善が悪に勝利し、その勝利を神や祖霊とともに祝うとされるガルンガ銀細工で有名なチュルク村でペンダントトップに加工してもらった石。形状は石を得た時のままである。ある司祭にみてもらったところ、石は瑪瑙(めのう)であり、平静、自信を与えてくれる効果があると言われた。サトウヤシの実。ピンクや緑に着色された甘いシロップで煮込まれ、フルーツかき氷の具として使われる。独特な歯ごたえがある。ワヤンさんとその孫たち。ワヤンさんの家は、2003年~2004年の留学時のホストファミリーであり、彼らとの付き合いは今も続いている。裏庭にある祠。ワヤンさんの家族は、この祠を精霊が立ち寄る場所として理解しており、日々供物をささげている。ンの日であった。私はワヤンさんと神や祖霊が祀られる家寺で祈りを捧げた後、母屋から少し離れた場所にある裏庭へ赴いた。 裏庭には、ワヤンさんの長女と次男夫婦が住んでいた。裏庭の大半は熱帯の草木に覆われており、この家族以外が立ち入ることはなかった。そこはワヤンさんの孫の遊び場、そして供物の材料を集めたりするような場所になっていた。 裏庭に入ってすぐに精霊が立ち寄るといわれる祠がある。ワヤンさんの家では裏庭で物がなくなったり、裏庭で作業する家族の病が治らなかったりすると、この祠に供物を捧げて助けを求めたり、許しを乞うという。この祠は、裏庭の目に見えない世界を象徴するような存在である。 裏庭をさらに奥に入っていくと、大きなサトウヤシの木があった。バリではサトウヤシの幹の繊維を寺院の祠の屋根として、葉を供物の材料として、樹液をヤシ砂糖やヤシ酒の材料として、さらに実をフルーツかき氷の具として使う。人々にとってサトウヤシは用途が広い植物である一方、精霊が好む木でもあった。私はこの大きなサトウヤシの下で、地面に落ちて茶色く変色した実をかきわけているときに、白っぽく半透明の「実」を偶然見つけた。そして、私が手渡した「実」を受け取って驚いたワヤンさんの表情を見た時に、私はそれが「実」ではなく石であることにようやく気がついたのであった。 バリでは、思いがけず偶然得た物をパイチョ(paica)、天からの贈り物という。私の友人は家の神聖な場所に偶然得た石と剣を大切に保管し、特定の日に供物を捧げるという。また、パイチョは幸運の証であり、それを身につける者にはカリスマ性が宿るといわれる。私はワヤンさんからこの石をペンダントトップにして身につけるように勧められ、銀細工師に頼んで加工してもらった。それから裏庭にいくたびに、精霊が立ち寄る祠にお供えをするようになり、ワヤンさんの家族から裏庭であった不可解な話を聞くたびに、目に見えない世界を意識するようになっていったのである。 長期調査を終えた今、自分への土産として持ち帰った石を眺めては精霊が立ち寄る祠とワヤンさんの家族を思い出すときがある。私にとってこの石は、ワヤンさんの裏庭の風景へと瞬時に繋いでくれる大切な思い出の品である。東東京京外外国国語語大大学学出出版版会会[[発発売売]]インドネシア定定価価本本体体447766円円++税税小池まり子こいけ まりこAA研ジュニア・フェロー、東京外国語大学非常勤講師バリ州デンパサール市

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