フィールドプラス no.18
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写真2 クルグズの撥弦楽器コムズ。クルグズを代表する民族楽器。ウズベキスタンで、ソビエト時代に売られていたドゥタールの弦。カザフの撥弦楽器 ドンブラはカザフのもっともポピュラーな民族楽器である。カザフスタンのアルマトゥに住んでいたころ、友人たちから弾き方を教わり、共に歌ったことが今でも懐かしい。たった二本のガット弦(羊の腸。現在はナイロン製)を右手の指で弾き奏でるメロディは実に表情豊かで奥縁の深い楽器として注目される。コブズはもともと古いテュルク系の言葉で「楽器」を意味し、現在でもさまざまな楽器を表す。クルグズの三弦の撥弦楽器コムズも同系統の名称であろう(写真2、全長約88cm)。 この言葉は「火かふし不思」という表記で中国にも入り、弦楽器を意味した。のちに火不思が三絃へとつながり、中国から日本へ伝わり三味線になったとの説もある。写真3 カザフの撥弦楽器ドンブラ(左、中央)。写真左はカザフの代表的詩人アバイの生誕150年記念モデル。ウズベクのドンブラ(右)はウズベキスタンのブハラで購入したもの。ウズベキスタンの撥弦楽器 ウズベキスタンにもドンブラは普及している(写真3右、全長約90cm)。カザフのドンブラとは、細部において異なるが、やはり古くか深い。オール状の四角い胴体のタイプ(写真3左、全長約92cm)と梨状の丸いタイプ(中央、全長約95cm)の二種類が知られているが、丸いタイプが一般的である。四度音階、または五度音階で、下の弦(低音)を左手親指で、上の弦(高音)をその他の4本の指で握りこむようにして押さえる。ソ連解体・独立後のカザフスタンでは、カザフの民族文化の復興が盛んとなったが、ドンブラはその代表的なものである。客人を招いての宴にドンブラの伴奏による歌は欠かせないものであり、学校教育の音楽の授業でもドンブラが教授される。アルマトゥなど大都市の街角でも、ドンブラのケースを抱えた児童をしばしば見かけた。ドンブラは民謡の伴奏や器楽曲の演奏をはじめ、ポピュラーやロックといったジャンルにも用いられる、カザフのアイデンティティともっとも深く結びついた楽器である。ら叙事詩語りなど、口承文芸に不可欠な楽器であった。ウズベキスタンの中でも、口承文芸が盛んであった南部地域にとくに広がっている。ウズベク・ドンブラは、カザフのドンブラよりもネックが太くフレットレスであり、アンズや桑の木をくり抜いた胴体は梨型でずっしりとした印象を受ける。ウズベキスタン南部でその音色を聞いたときは、素朴な力強さを感じたものである。 ドゥタールは、中央アジアを代表する楽器の一つである。このドゥタール(写真4左、全長124㎝)はウズベキスタンで購入したものであるが、ドゥタールはウズベクのみならず、トルクメン、ウイグル、カラカルパク、タジクなどの代表的な楽器である。トルクメンのドゥタールは、ウズベクのものよりも小ぶりである(写真4右、 全長約90cm)。ペルシア語で「二本の弦」を意味するドゥタールは中央アジアや西アジアで広く使われる楽器で、どこかウズベク・ドンブラとも似た楽器であり、ドンブラと同系統の楽器とされる。カラカルパクの詩の語り手たちはドゥタールを弾きながら詩を吟じる。かつては、絹の弦が用いられて写真4 ウズベクのドゥタール(左)は長いネック(棹)が特徴的。トルクメンのドゥタール(右)は弦が金属で繊細な音を奏でる。いたが、現在ではナイロン弦が使われることが多い。ユーラシアをつなぐ楽器 最後に、中央アジアからは離れるが、トルコで購入した黒海地方のケメンチェ(写真5、全長50cm)を紹介したい。イスタンブルの楽器屋で、まずその異様な形状が目を引いた。ご覧のように、この楽器はペグ(糸巻き)が胴体に直接付く形のネックのない擦弦楽器である。個性的な形状で、他の地域に類似する楽器をほとんどみないが、アイヌの弦楽器トンコリと驚くほどよく似ている。ユーラシア各地には、かつて同様の楽器が分布しており、それが黒海沿岸地方と極東地域において、現在まで残ったとの仮説があるが、先に見た「火不思」と同様に、日本からは縁遠いと感じられるユーラシア大陸の音楽文化は、日本ともどこかでつながっているようである。近年では、日本で中央アジアの楽器が奏でられる機会もずいぶんと増えた。この記事だけでは伝えきれない、中央アジアの音楽文化の豊かさをぜひ多くの人に、実際の音を通じて楽しんでいただきたいものである。写真5 トルコの黒海地方のケメンチェ。31

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