愛媛県大洲市の鵜小屋。鵜小屋のなかはきれいに掃除されている。巣材になるようなものは落ちていない。日本各地のほかの鵜飼でも同じような状況である。岐阜県岐阜市の鵜小屋。ウミウは昼間、鵜小屋のなかで自由に動きまわるが夜になると鳥屋籠(写真の右)に入れられる。回、春季(4月から6月)と秋季(10月から12月)におこなわれる。私は十王町で、ウミウを捕獲する人(以下、ウ捕り師)の協力のもと、2014年秋季から2016年秋季にかけて捕獲され、各地に送られた117羽のウミウの体重をすべて調べた。すると、ウミウ一個体あたりの体重の平均は2.68kgであった。さらに聞き取り調査を進めると、各地の鵜匠たちは十王町のウ捕り師に「若くて、大きなウミウが欲しい」という強い要求をしていることがわかった。若い個体は新たな飼育環境でもすぐに馴れる。大きな個体は観光客に見せる鵜飼をおこなうときに見栄えが良いからである。このため、十王町のウ捕り師は各地の鵜匠たちの要求に応じて、海岸壁に飛来したウミウのなかで若くて大きな体格の個体を捕獲しようとする。 一般に、ウミウは性別によって個体の性質が異なるという性的二型の特徴があり、雄の体格は雌のそれより大きい。野生のウミウの個体(成鳥)の平均体重は、雄が3.1kg、雌が2.5kgである(Watanuki 2010)。この値をみると、十王町で捕獲された若い個体の平均体重(2.68kg)は成鳥の雌の平均体重(2.5kg)をすでに超えている。一般に、ウミウの雌雄を外見から判断することは難しい。そのため、ウ捕り師が雄のみを意識して捕獲しているわけではない。彼らは各地の鵜匠たちからの要求に応じて体の大きな個体を捕獲しているだけである。それが、結果として体の大きな雄ばかりを捕獲していた可能性が高い。むろん、雄だけでは産卵に結びつかない。 ただし、十王町から各地に送られた個体のなかには体の大きな雌が混ざっている可能性もある。それでも各地の鵜飼の現場において産卵がみられないのは、日々の飼育方法が関係しているからである。2016年、わたしは十王町の調査と並行して、日本の鵜飼の現場をまわり、ウミウを飼育する鵜小屋の構造やそこでの飼育方法を記録した。この結果、各地の鵜小屋のなかには巣材がなく、ウミウが巣造りをする機会がないということがわかった。巣材がないのは、鵜匠たちが鵜小屋のなかのウミウの糞尿を掃除するとき、小枝や草などもすべて取り除くからである。 一般に、ウミウは巣材を集めて巣造りを開始し、そこで産卵するまでにおよそ10日間を必要とする。こうした特徴をもつウミウが、巣材のない飼育環境において産卵にいたる可能性は低いと考えられる。つまり、各地の鵜匠たちは鵜小屋を毎日掃除するが、その働きかけが結果として巣造りのできない環境をつくりだしていたのである。ただし、宇治川鵜飼の鵜匠たちも鵜小屋の掃除を毎日欠かさない。では、なぜ2014年に宇治川鵜飼のウミウが産卵したのであろうか。巣材の存在 2014年5月上旬、宇治川の鵜匠たちは鵜小屋のなかでウミウが稲わらをくわえて頭を左右に振ったり、鵜小屋の隅に集めたりしているようすを何度もみていた。ちょうどその頃、鵜小屋のなかには日立市十王町から送られてきたシントリ(新たに購入したウミウのこと)を入れた鵜籠が置かれていた。鵜籠の周囲には運搬中の衝撃を和らげるために稲わらが巻き付けてある。ウミウはその稲わらをとり、鵜小屋のなかで集めていたのである。 ウミウが稲わらをくわえたり、集めたりしているようすをみた鵜匠たちは「ウミウが稲わらを使って遊んでいる」と考え、さらに稲わらや小枝を「遊び道具」として与えた。当時、鵜匠たちのなかで「ウミウが巣造りをしている」と考えるものはいなかった。こうしたなか、2014年5月19日に「遊び道具」を与えられていたウミウが「突然、産卵していた」のである。ほかの鵜飼の現場では、日立市から送られてきたウミウを別の場所に移す。このため、運搬用の鵜籠が鵜小屋のなかに置かれることはない。参考文献Watanuki Yutaka(2010) “Japanese Cormorant” Bird Research News. Vol.7, No.6: 4-5. くわえて、宇治川の鵜匠たちは鵜小屋の掃除のとき、ウミウが集めた「遊び道具」を取り除くことをしなかった。これが、結果としてウミウの巣造りを可能にし、巣内での産卵に結びついたと考えられる。実際、1個目の卵が産まれたあと、鵜匠たちは巣材を入れた巣箱を産卵ペアに与えた。するとペアは巣箱のなかでさらに4個の卵を産んだ。つづく2015年には繁殖期前に巣材を入れた巣箱をペアに与えた。すると、およそ10日後から産卵を開始し、計13個の卵を産んだ。このように、繁殖期前の巣材の存在がウミウの産卵行動に結びついたといえる。新たな謎 宇治川鵜飼の鵜小屋でウミウが一つ目の卵を産み落としてから3年が過ぎた。当初、速報性の高い新聞各社はウミウの産卵のようすを報じ、「産卵は偶然の積み重ね」と説明した。その後、わたしはウミウの捕獲の現場や日本各地の鵜小屋を調べることで、積み重ねられた「偶然」を一つひとつ紐解く作業をおこなった。この作業は、同時に「なぜ、日本の鵜飼ではウミウが産卵しないのか」という謎を解くことにもつながった。 さて、ウミウの産卵にかかわる調査を進めるなかでまた新たな謎が生れてきた。それは「なぜ日本の鵜匠はウ類を繁殖させないのか」というものである。中国の鵜飼では各地の漁師たちがカワウの人工繁殖をおこなう。他方、日本の鵜飼では一貫して野生のウ類を使用してきた。こうした両国の違いについて「自然観の違いがそうさせる」といったところで答えにはならない。この謎を解くには、自然環境や生業様式の違いを比較の視点からみていく必要がある。謎を解くためのフィールドワークがまた始まろうとしている。25
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